伊達政宗
Date Masamune

 伊達政宗 1
 伊達政宗 2
 伊達政宗 3
 伊達政宗 4
作家名
伊達政宗 だて まさむね
作品名
書状
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 合箱
  本紙寸法41.5×31.7
全体寸法(胴幅)50.6×126p
註釈

【翻刻文】
返々辱次第候。
  明日以面尚可申候。以上。
御折紙唯今
申刻参着、
御鷹可被下之由、
扨々辱奉存候。
明日之廿八日早々
より其地川越
可参候。連々御座
入候故、与大慶
何も期明日候。
恐惶謹言。
   羽越前
霜月廿七日 政宗(花押)
安彦兵衛様 御報

【訓読文】
返々す辱き次第に候。
  明日面を以て尚申すべく候。以上。
御折紙、唯今申刻参着、御鷹下さるべきの由、扨々辱なく存じ奉り候ふ。
明日の廿八日早々より其の地川越に参るべく候ふ。連々御座入候ふ故、大慶と
何れも明日を期し候ふ。
恐惶謹言。
   羽越前
霜月廿七日 政宗(花押)
安彦兵衛様 御報
 

【現代語訳】
返々す辱き次第に候。
  明日面を以て尚申すべく候。以上。
御手紙、唯今申刻(午後四時)に到着しました。
鷹狩りをやってくださるという事、とてもかたじけなく存じます。
明日二十八日早々から、そちら川越に参ります。
皆様御同席とのこと、大慶に存じます・。
いろいろ明日申し上げます。
恐惶謹言。
   羽柴越前守
霜月廿七日 政宗(花押)
安彦兵衛様 御報

※伊達政宗が豊臣秀吉から羽柴姓を名乗ることを許され、越前守になったのは天正19年(1591)のことで、本書状は、陸奥守に任じられる慶長13 年(1608)までのものと推定される。