E-305 鄧州全忠 (南天棒)
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作家名
E-305 鄧州全忠 (南天棒) なんてんぼう
作品名
達磨図
価格
120,000円(税込)
作品詳細
掛け軸 絹本水墨 緞子裂 飯田欓隠箱
  本紙寸法31.6×132
全体寸法(胴幅)33.7×203㎝
作家略歴

鄧州全忠 (南天棒)
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飯田欓隠
文久3年(1863)~昭和12年(1937)

山口県都濃郡花岡(現在の下松市)に片野與兵衛の五男として生まれる。明治10年(1877)、緒方洪庵の開いた適塾の初代塾頭であった飯田柔平の養子となる。明治18年(1885)、東京大学医学部別課医学科を卒業。明治19年(1886)、東京大学医学部付属病院に勤務し、当時流行のコレラ病患者の治療に従事し、その経験が元で、広島仏通寺香川寛量老師に参禅する。 明治30年(1897)、西有穆山禅師に参禅。明治31年(1898)、南天棒中原鄧州老師の印可を受ける。昭和6年(1931)、大阪府三島郡高槻町(現在の高槻市)に少林窟道場を開く。昭和11年(1936) 、福井県小浜発心寺原田祖岳について出家。秩父東陽寺の住職を経て、大阪池田市の大廣寺に師家となる。

コンディション他

《面壁乃祖師の姿者 山城能八幡の 者多野宇里可 茄子比釆》
(面壁の祖師の姿は 山城の八幡の はたのうりか なすびか)

本紙、多少小折れがあります。

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