D-500 福沢諭吉
Fukuzawa Yukichi

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作家名
D-500 福沢諭吉ふくざわ ゆきち
作品名
時事新報原稿 朝鮮の事に関して新聞紙を論ず(明治15年8月19日)
価格
950,000円(税込)
作品詳細
巻子 紙本水墨 合箱 福澤諭吉全集第8巻所収
  本紙寸法125×18
全体寸法(胴幅)244×21.5㎝
作家略歴

福沢諭吉
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コンディション他

朝鮮の事に關して新聞紙を論ず

 新聞紙は國の爲に利か不利かと尋れば、利なりと答へざるを得ず。如何となれば新聞紙の中にも極めて粗惡なるもありと雖ども、之を平均するときは苟も國民の中等以上の者にして、其記者たるが故に、一般に人の知見を增進する爲には、缺く可らざるの具なればなり。或は其極端の惡新聞は國の害を爲す可しと雖ども、極端の良新聞は國益たること大なるが故に、兩極平均すれば槪して世に必要なりと云はざるを得ざるなり。
 新聞紙は政府の爲に利か不利かと尋れば、是亦利なりと答へざるを得ず。如何となれば、一國の政府たる者は必ず天下人心の多數を得たるものなれば、新聞紙に論ずる所は必ず政府の旨に適して、政略の眞意を世に公にするの方便たる可ければなり。卽ち政府が新聞紙を利用するものなり。然りと雖ども今一歩を退けて論ずれば、世の氣運に從て天下の人心必ずしも政府と同一致せざるの時あり。斯る時節に當ては新聞紙の所言、政府の意に適せざるもの多し。卽ち政府と新聞紙との間に背馳の狀を現はすものにして、旣に一度び其狀を現はして方向を殊にするときは、日に益距離を遠くして遂に相近くを得ざるの勢に陷ることあり。此勢の中に居て目下政府たるものゝ爲に謀れば、天下に新聞紙の發兌あるは其無に若かず。如何となれば、政府と人民と相分れ各局處に利害を殊にすればなり。例へば方今我國にて所謂民權新聞なるものゝ政府に於けるが如し。政府の區域を極めて狹きものに考へて、目下の都合のみを思へば、今の政府の爲には天下に民權新聞なきを利なりとす。氣運に於て之を利用すること能はざればなり。
 抑も今日官民の軋轢を調和して天下の人心を収攬し、民間の諸新聞紙をも政府中に包羅して大に國の爲に利用するの場合に至らしむるの一策に就ては、聊か鄙見なきに非ざれども、是れは他日の論に譲りて、目下の急に我輩の冀望する所のものあり。卽ち今囘朝鮮の事件に就て、我政府が日本國中の新聞紙を利用するの一事なり。常に世人の喋々する如く、近來は我日本の政府と人民との間は聊か不和なるものもありと雖ども、是れは唯内政に關して雙方に苦情を唱るまでのことにして、苟も外國の事件とあれば、如何なる政府も如何なる民權家も瑣末の論に局促する者はなき筈なれば、政府は須らく度量を寛大にして其眞意の所在を示し、新聞記者は政府の意を承け之を内外人の耳目に明告して誤解を防ぐは、實に目下の急なる可し。固より政府の眞意を示すとて、出兵の軍機を語る可きに非ず、廟堂の機密を洩らす可きに非ず。祕す可きものは極めて祕密ならんこと、我輩の深く祈る所なれども、亦大に祕するを要せず、却て之を明告して利なるものを甚だ多し。然るに政府が祕密主義とて一もニも皆これを祕して告げざるときは、人民は此有様を視て政府に疏外せらるゝ者なりと認め、官民正しく同一様の方向に進む可き者までも、誤て背馳するの憂なきを期す可らず。今日の政略に於て得たるものに非ざるなり。
 或は政府の意見を世に明にするには自から政府の筋に属する新聞紙があれば其用を達す可し、俗に所謂官權新聞紙ありとの說あれども、此官權新聞なる者は、元來政府の印刷局などに附属して唯諸公布を發兌して其公文を註釋するまでの用を達し、官金を取て印刷の營業をなす者なれば則ち可なりと雖ども、苟も自家の論說を述るに至ては、其說の良否に拘はらず、之を信ずる者甚だ少なし。如何となれば世人が此新聞の論說を讀むと同時に政府保護の事を想起して、此論說も亦保護の下より涌出たるもの哉と早くも邪推して、熟讀玩味するを屑とせざればなり。固より世上に數多き新聞記者の中には、官權民權の別なく、拙なる者も多し、鄙しき者も多し。必ずしも官權の記者を鄙劣なりとして、民權の記者を氣節ありとするに非ず。往々厭惡す可き民權論者もある世の中なれども、正義讜論、他に依賴せざるの一事は、新聞記者の本色にして、其内實の如何に拘はらず、記者たる者は之を口に唱へざる者なくして、世の人も亦これを信ずること、佛門の僧侶が精神の戒を守て俗間に其淸淨を信ずるものに異ならず。然るに彼の官權新聞紙に限りて間接直接に政府の筋の助力を蒙るとあるからには、第一に新聞記者の本色を失ふが故に、假令ひ如何なる名論を吐くも、世間の耳に聞ゆる所は破戒の僧侶が念ずる讀經の音の如し。其經文の靈不靈に拘はらず、之を信ずる者なきも亦謂はれなきに非ず。滔々たる天下の勢は二、三の人力を以て如何ともす可らず。唯官權新聞記者の爲に之を愍れむのみ。
 左れば今囘朝鮮の事件に就て、我政府の眞意の所在を内外の人に明告して、内國の人民をして誤ることなからしめ、外國の人をして我政略を妨ることなからしめんとするには、政府に於て國中一般の新聞紙を利用すること、最も緊要の策ならん。卽ち新聞記者を疏外することなく勉めて之を友視して、軍略政策の機密の外、これを洩らして妨なきものは懇に告知すること、政府の得策ならんと信ず。但し我輩は唯政府に向て忠告するのみならず、斯る大切なる時節には新聞記者もよく注意して事の前後を考へ、是れは我日本の政略の爲に不利ならんと認るものは、漫に政府の誡を煩はさずして自ら慎しむ所あらんこと、同業にも告げ我れも亦守る所なり。

〔八月十九〕

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