若山牧水
明治18年(1885)~昭和3年(1928)
《生来、旅と酒と寂を愛し、自ら三癖と称せしが命迫るや、静かに酒を呑みつつ四十四歳の生涯を閉じたり》(牧水生家記念文碑)
宮崎県東臼杵郡坪谷村(現在の日向市)に生まれる。生家は酒造業を営む。本名、若山繁。幼少期から和歌に親しみ、明治33年(1900)、延岡中学校に入学後、与謝野鉄幹・晶子らの新詩社の影響を受けて短歌への志を強めた。明治37年(1904)、早稲田大学予科に進学。明治41年(1908)、第一歌集『海の声』を刊行。翌明治42年(1909)、歌集『別離』が高く評価され、歌壇に確固たる地位を築いた。大正元年(1912)、「創作」を創刊し、短歌革新運動の一翼を担うとともに、多くの若手歌人を育てた。大正8年(1919)、静岡県沼津市へ移住。伊豆や富士山麓の自然に親しみつつ創作を続けたが、長年の大量飲酒による急性胃腸炎と肝硬変を併発、沼津市の自宅で43歳で死去する。
堀江知彦
明治40年(1907)~昭和63年(1988)
東京に生まれる。号、秋菊。早稲田大学国文科を卒業。東京国立博物館研究員、二松學舍大学教授を歴任。古筆鑑定、会津八一の研究を行う。
《幾山河こえさりゆかば寂しさのはてなむ國ぞけふも旅ゆく》
いくやまかわ こえさりゆかば さびしさの はてなむくにぞ きょうもたびゆく
【訳文】
いくつかの山や川を越えてゆけば、寂しさが果てる国にたどり着くだろうか。その思いを胸に、今日も旅を続ける。
美品