河野通勢
明治28年(1895)~昭和25年(1950)
父の河野次郎は、長野師範学校の図画教師も務め、高橋由一の門下で洋画の普及・教育に尽力した洋画家で、正教会に属するする熱心なキリスト教徒であった。通勢も9歳の時に正教会の洗礼を受けた。大正7年(1918)23歳、岸田劉生の主宰する草土社に参加。大正末期から昭和初期にかけては油彩画のほか、銅版画やリトグラフなどの版画制作、さらに書籍の挿絵や装丁にも取り組んだ。昭和2年(1927)32歳、大調和美術展の創設に関わり、昭和3年(1928)33歳、東京小金井にアトリエを構えて以後、同地を拠点に制作を続けた。河野通勢の芸術の根底には、キリスト教への信仰があり、宗教的、聖書的主題を、祈りと沈黙を思わせるような静謐な画面に内に描いた。
額に目立たない小キズ。