柳生宗矩/新規掲載品/掛け軸、絵画の買取 販売 鑑定/長良川画廊

トップページ
新規掲載品
D-661 柳生宗矩

D-661 柳生宗矩Yagyu Munenori

 柳生宗矩 1
 柳生宗矩 2
作家名
D-661 柳生宗矩やぎゅうむねのり
作品名
妻木頼次宛書状
価格
680,000円(税込)
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 合箱
本紙寸法31.4x25
全体寸法(胴幅)44.3x148cm
作家略歴

柳生宗矩
元亀2年(1571)~正保3年(1646)

初名新左衛門、通称又右衛門。父、柳生宗厳。柳生十兵衛は長男。『兵法家伝書』を著す。
文禄3年(1594)、24歳で徳川家康に仕え関ヶ原の戦いで挙兵、その功績により大和柳生庄(現在の奈良市柳生地区)二千石を所領。慶長6年(1601)、将軍世子秀忠の兵法指南役となり千石を加増。寛永6年(1629)、将軍家光の下で、従五位下但馬守に任ぜられる。寛永9年(1632)、徳川幕府の初代惣目付(のちの大目付)となり、寛永13年(1636)、一万石を加増され大和柳生藩主となる。また剣豪として父、柳生宗厳(石舟斎)より「新陰流兵法」を継承、将軍家光の剣術指南を務めた。

妻木頼次
元和6年(1620)~万治元年(1658)

美濃国土岐郡(現在の岐阜県土岐市)妻木城主(第4代)。旗本。通称、藤右衛門。妻木城は、室町幕府の初代美濃守護土岐頼貞の孫土岐明智彦九郎頼重が築いたとされ、その後、一族である妻木氏の居城となる。妻木本家は頼次の代で断絶した。

コンディション他

【原文】
御状拝見忝
存候。如仰
公方様弥々
御機嫌能、此方
相替事無之候間、
可御心易候。随而
為歳暮之御祝
儀、枝柿一箱
送被下候。誠ニ
細事之儀、書中
御礼不得申、御
祝、賞味不浅候。
猶近日御吉事
旁可申達候。恐惶
謹言。
    柳生但馬守
十二月二十四日(花押)
妻木権右衛門様
      御報

【訳文】 御書状拝見しまして、かたじけなく存じます。仰せのように、将軍様はいよいよ御機嫌よろしく、こちらも変わりは何もございませんので、御安心くださいませ。また、御歳暮の御祝として、枝柿を一箱お送りくださり、まことに細かいことは、書中にて御礼申し尽くせませんが、御祝の品、賞味させていただきました。なお、近日おめでたいことと合わせて、申し上げておきます。恐惶謹言。
    柳生但馬守
十二月二十四日(花押)
妻木権右衛門様
      御報