高田早苗
万延元年(1860)~昭和13年(1938)
江戸深川(現在の東京都江東区)に生まれる。神田の共立学校(現在の開成中学校・高等学校)や官立の東京英語学校(のちの一高)などで英語を学び、大学予備門を経て、明治15年(1882)、東京大学文学部政治科を卒業。明治15年(1882)、大隈重信の立憲改進党の活動に参加するとともに、東京専門学校(現在の早稲田大学)の設立にも尽力。明治20年(1887)から明治23年(1890)まで『讀賣新聞』主筆。明治31年(1898)、第1次大隈内閣で文部次官に就任。大正4年(1915)、早稲田大学総長に就任。
坪内逍遙と高田早苗は、明治11年(1878)に東京大学文学部政治科に進学し共に学んだ後、早稲田大学の運営に力を尽くし、その交遊は終生変わらなかった。
《香中別有韻 清極不知寒》
香中(こうちゅう) 別に韻有り、清(せい) 極まりて 寒を 知らず。
(現代語訳)
香りの中に、ひときわ奥深い趣が備わり、清らかさはこの上なく、寒ささを感じさせない。本紙、裂とも小折れ。