倉田績
文政10年(1827)~大正8年(1919)
伊勢の人。陽明学者。初名は朔太郎、通称は亀之助、字を以成、号に何庵・柚岡・允斎。大塩平八郎、佐藤一斎に学ぶ。紀州藩に仕え、同時に伊勢神宮の祝官、竈山神社宮掌を務め、南方熊楠の師でもあった。
【原文】
咋々黄鳥子
梅樹見回春
不是以声色
清香千里新
鉄仙史
春意閑座
壬戌秋日写于鉄石
小閣
鉄仙史
【訓読】
咋々たる黄鳥子
梅樹、見回る春
是は声色をもってせず
清香、千里新し
鉄仙史
春意閑座す。
壬戌秋日、鉄石小閣にて写す。
鉄仙史
【訳文】
かまびすしく鳴くウグイスよ
梅の木を見て回る春よ
是は声色をもってせず
清香、千里新し
鉄仙史
春意閑座す。
壬戌秋日、鉄石小閣にて写す。
鉄仙史
まずまず美品。