祝されたものたちへ 
古川秀昭展 
会期  平成18年1月14日(土)〜1月24日(火)
この度、長良川画廊プロデュースによるギャラリー、OUTREをオープンいたします。
OUTREには、「過度な、極端な、怪奇な、・・を越えて、別な」という意味があります。私はこのギャラリーを真剣勝負のリングにしたいと思います。戦い方は様々で結構です。たとえ惨めに叩きのめされても、客席から物が飛んでこようとも、少なくとも、私が止血クリームを持ってリングサイドで応援しています。場合によっては私もリングに上がりましょう。

戦う相手は誰か、それは、リングに上がる一人一人が考えることです。

さて、最初の勇気あるチャレンジャーは古川秀昭さんです。この方、繊細そうに見えて、相当タフです。きっとギャラリーのオープニングを飾るに相応しいファイトを見せてもらえるでしょう。
 私は美術学校を一浪したので二度入学試験を受けた。二度とも三次試験は裸婦像を描かされた。卒 業制作も課題は裸婦だったので、卒業後はしばらく形のないものにあこがれて、日本的な情緒的抽象画を描いた。大垣市から岐阜に移った1975年頃からか、ある時ふと見つけた、小さな白い花やからす うりの蔓と実を描くようになって、まったく変わらないで今日に至っている。私にはこの小さなもの がとても「大きな祝福されたもの」に思えるからしかたがないのだ。今回長良川画廊の岡田さんが、 その「祝福されたもの」シリーズを展示してくださることになり、私はなんだか恥ずかしくまた不思 議な気持ちである。                                    
                          
                          古川秀昭  モダンアート協会会員
            古川秀昭 略歴


1944年(昭和19年)旧満州奉天市(現瀋陽)に生まれる。1946年(昭和21年)引揚げ後、青森、函館に住む。 函館市弥生小学校(3年夏まで)、名古屋市松原小学校(3年後半)、東京中野区塔ノ山小学校卒業。中 野区第三中学校卒業。新宿高校卒業。高3夏まで医者を志すが、秋から画家になることを決意。一年 浪人飯田橋の水道端絵画研究所に通う。1968年(昭和43年)東京芸術大学美術学部絵画科卒業。1969年(昭和44)「川口保子・古川秀昭」二人展(地球堂ギャラリー)。1970年(昭和45年)20回モダンアート展 受賞。1971年(昭和46年)個展(サエグサ画廊)。同年、アメリカ、ヨーロッパ壁画研修。1976年(昭和51年)個展(椿近代画廊)。1977年(昭和52年)27回モダンアート展 受賞、同会会員になる。1979年(昭和54年)個展(岐阜近鉄百貨店)、日本美術家連盟会員となる。イタリア受胎告知画研修。1980年(昭和55年)「上斗会」展(岐阜近鉄百貨店)出品。1981年(昭和56年)「奥行彦・古川秀昭・矢橋六郎」三人展(名古屋、東京、大阪、丸善画廊)。1982年(昭和57年)「ACT」展出品(岐阜県美術館)以後毎年出品。1983年(昭和58年)「SHION」展(岐阜県美術館)出品、以後隔年出品。1985年(昭和60年)イタリア受胎告知画研修。1987年(昭和62年)「視線展」出品、以後1991年を除き1998年まで連続出品。1992年(平成4年)愛知県美術館開館記念展「東海の作家たち」出品。1995年(平成7年)「岐阜市所蔵美術展」(岐阜市歴史博物館)。1997年(平成9年)「西濃における現代の美術」(大垣スイトピアセンター)。2002年(平成14年)グループ「微動展」(銀座・シロタ画廊)結成。 現在、岐阜県美術館館長。