《わたしたちが失いつつあるもの》
日本人に受け継がれてきた『学びのこころ』
日本に最初の中央集権国家が生まれる飛鳥・奈良時代以降、外来文化である仏教と儒教は、日本の学問の中心となり、日本人の精神的規範となって日本の文化に深く浸透していきます。また、一方には、遙か神々の時代より、自然の営みに寄り添い、自然に溶け込んで生きる、日本人固有の自然観、死生観があります。日本の豊かで多彩な優れた文芸はそうした歴史的背景、精神風土の下で育まれてきました。また、そこには、学芸を尊び、「学びのこころ」を大切にした古き日本人の姿があります。
『学びのこころ』にふれる今月の一点
春日局
自筆消息

春日局、名は福という。父は明智光秀の重臣斎藤利三。母は稲葉一鉄の姪あん。父利三は、美濃国守護土岐家の老臣で守護代斎藤氏とも同族の名家の出である。福の波乱に満ちた生涯は、父利三が、主君光秀とともに討死したときに始まる。
わたしたちが、春日を知る史料は、実は少ない。その主なものは、江戸幕府官撰の歴史書である『徳川実紀』、『寛政重修諸家譜』、あるいは、貞享3年(1686)、稲葉正則が編纂した『春日局略譜』などである。しかし、そこからは、春日がどこで生まれたかすら、知ることはできない。生年も、『春日局略譜』を根拠にするのみである。さらに、春日がなぜ、将軍家光の乳母に登用されたのか、その経緯すら定かではない。わたしたちが、そこに追想する春日の姿は、大奥の最高実力者として、将軍家光誕生の舞台裏で暗躍し、紫衣事件に端を発した、対朝廷問題の幕府特使として後水尾天皇に謁見するなど、長子である老中稲葉正勝ともども、徳川幕府の権力の中枢に君臨し、権勢をほしいままにした幕臣としての姿のみである。わたしたちは、後世に作られた歴史書や伝記から、本当の歴史に触れることはできない。歴史を知るということは、その時代を、その時代を生きた人たちと同じように感じることである。その唯一の道は、その人が自ら書き遺したものに直接触れることである。そうでなければ、武門の娘として、戦国を生きる宿命を課せられ、見事生き抜いて、徳川幕府の権力の中枢に登りつめた、一人の女性の本当の歴史に触れることはできないのである。
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八白庵
岐阜市八代
11−10
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