白隠慧鶴
達磨図
白隠慧鶴 

今、日本に伝わる臨済禅の法系はすべて白隠下に連なる。

貞享2年(1685)、富士山麓、駿河の原宿で長澤家の三男岩次郎として生まれる。元禄13年(1700)、地元の松蔭寺の単嶺祖伝のもとで出家、その後は千葉、愛媛、福井、新潟と師を求め修行の旅を続けることとなる。元禄16年(1703)、清水の禅叢寺の僧堂に掛錫するが、禅に失望し詩文に耽る。雲棲?宏の『禅関策進』によって修行に開眼、諸国を遊方する。美濃(岐阜県)の瑞雲寺で修行。宝永5年(1708)、越後(新潟県)高田の英巌寺性徹のもとで「趙州無字」の公案によって開悟。その後、信州(長野県)飯山の道鏡慧端(正受老人)のもとで大悟、嗣法となる。宝永7年(1710)、肺病を患い京都の北白川で白幽子という仙人に内観法を学ぶ。病が完治する。享保元年(1716)、諸方の遊歴より、松蔭寺に帰郷。享保3年(1718)、妙心寺第一座となり白隠と号す。宝暦13年(1763)、三島(静岡県)の竜沢寺を中興開山。明和5年(1768)、松蔭寺にて示寂。享年84歳。



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