D-447 金森可重
Kanamori Arishige (Yoshishige)

 金森可重 1
 金森可重 2
作家名
D-447 即生院(金森可重 娘) そくせいいん(かなもり ありしげ(よししげ)むすめ)
作品名
書状
価格
450,000円(税込)
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作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 合箱
  本紙寸法47.9 ×35
全体寸法56.4(胴幅)×115.5㎝
作家略歴

金森可重
永禄元年(1558)~元和元年(1615)

飛騨高山藩2代藩主。美濃国田口城主長屋景重の子として生まれる。通称は喜蔵。天正10年(1582)、本能寺の変で金森長近の長男が戦死したため長近の養子となる。織田信長、豊臣秀吉さらに徳川家康につかえ、関ヶ原の戦いでは東軍に付き、西軍の稲葉貞通が籠城する郡上八幡城を岳父遠藤慶隆とともに攻める。長近没後、飛騨高山3万8千石を知行し、飛騨一国を領した。また、茶の湯に秀で、古田重然に師事し、江戸幕府2代将軍徳川秀忠の茶道指南役を務めた。

コンディション他

【翻刻文】
態致啓上候。仍先
度者御礼申上候処ニ
色々御惑之儀、忝
次第難申尽存候。
早々可得御意候之処ニ
□之儀に候へ者、遠慮仕候。
将又江戸御上屋敷
失火出来候由承存候。
驚入存候。彼御屋敷
幸御無事ニ御家中
御退出候由、目出度
珍重此一事ニ御座候。
猶期後音之時存候。
不及御報候。恐惶謹言。
即生院
九月朔日 可重(花押)
遠藤但馬守様 人々御中
□□江戸御屋敷
出炎□□□□□
□□□頓而御出立可成与
奉存候。何も無事被成御出
御満足目出度奉存候。□□
春公様・松原様へ種々御惑之
儀奉存候。以上。

【現代語訳】
御手紙申し上げます。先般は御礼申し上げようと存じましたが、色々とお気遣い下さいまして、かたじけなく言葉もございません。早速おうかがいしようと思っておりましたが、□の儀により遠慮申しました。また、江戸のお屋敷から失火したことをお聞きしまして、驚きました。そのお屋敷では幸いにも御家中の人々はみな無事に避難されたそうで、目出度いことはまさにこのことでございます。さらに後便を出しますの、御返事は御無用に願います。九月朔日 尋生院 可重(花押)
遠藤但馬守様 人々御中

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