D-256 松平不昧
Matsudaira Fumai

 松平不昧 1
 松平不昧 2
 松平不昧 3
 松平不昧 4
 松平不昧 5
 松平不昧 6
 松平不昧7
作家名
D-256 松平不昧 まつだいら ふまい
作品名
無学和尚宛書簡及び茶会記
価格
1,200,000円(税込)
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 合箱
本紙寸法58.4×31
全体寸法60.2(胴幅)×121 ㎝
作家略歴

松平不昧
寛永4(1751)~文政元(1818)

出雲松江藩第6代藩主松平宗衍の次男として、江戸赤坂の藩邸に生まれる。幼名、鶴太郎。別号、宗納、一閑子等。明和元(1764)、元服し治好(はるたか)を名のる。明和4(1767)、父の隠居により、名を出羽守治郷(はるさと)と改め、雲州松平家第七代の藩主となる。明和5(1768)、石州流茶道を三世伊佐幸琢に学ぶ。明和6(1769)、無学和尚から「未央庵宗納」の号を授かる。この頃、大巓和尚より禅を学ぶ。明和8(1771)、大巓和尚より「不昧」の号を授かる。天明7(1787)、名物茶道具の図説書「古今名物類聚」の序を著す。寛政9(1797)、「古今名物類聚」第4回出版(3冊)完結。文化8(1811)、「瀬戸陶器濫觴(上中下三巻)」を著す。文化9(1812)、京都大徳寺孤篷庵内に大圓庵及びに茶室を起工する。

無学宗衍
享保6年(1721)~寛政3年(1791)

大徳寺第378世。塔頭玉林院第10世。号、把不住軒。玉林院龍門宗禹の法を嗣ぐ。明和4年(1767)、大徳寺に出世。後、桜町天皇より至聖大妙禅師の勅号を賜る。茶道を、表千家七世如心斎宗左に学ぶ。

大巓宗碩
享保20年(1735)~寛政10年(1798)

大徳寺派天真寺第九世。号、山庵。香林院東天嶽和尚のもとで出家。天真寺実門誠和尚に師事、のち月船禅慧に参禅、その法を嗣ぐ

コンディション他

一筆啓上仕候余寒甚御座候
○○御清福の御事此重さね致候
先達相願申候庵号法号
早速与下忝仕合本望至極
奉存候御礼申候入度如此
御座候 右のひらき此○
妙解院休心天真寺大嶺など
相招申候 右会記其外
御一覧にもと○○貴覧○○
年内押詰来陽見出度
貴意候取込如此之上
十二月二十九日

宗納

無学大和尚机下

十二月十八日朝

大嶺和尚
梅山和尚
土田三十郎

掛物  和尚の筆 庵号法号
花入  石州
茶入  古瀬戸 うの花銘宗甫書付
釜   白髪天明
茶碗  熊川
茶杓  集雲庵
香合  南京屏風箱
水次  赤絵南京
ふた置 青竹
翻   さはり
三の羽 靍
すみ斗 瓢

懐石

鉢  牛房
 たまり
 みそ

小鉢 煮豆
せうが

小梅干

重  ○○柚
吸物 昆布
肴  うつらしそまき
口取 ふのやき
薄茶 いりかや
   せんべい
○○○

明和6年(1769)12月、松平不昧、大徳寺無学和尚から「末央庵宗納」の号を授かる(「大名茶人松平不昧展・島根県立美術館」図録年譜より)。
松平不昧は、その披露の茶会を開いた。この茶会記は、その茶会のもので、書簡は、大徳寺無学和尚への、茶会の報告と庵号を授かった礼をしたためたもの。松平不昧研究における貴重な自筆史料である。

ご購入前にこちらをご一読ください。

この作品の購入お申込み

作品紹介

Web
書画ミュージアム

長良川画廊
アーカイブス

過去の掲載作品より随時拡張中

このページのTOPへ