北一輝
kita ikki

北一輝1
北一輝2
北一輝3北一輝4
作家名
北一輝きた いっき
作品名
嶋野三郎宛辞世書簡
作品詳細
現状簡易額装 紙本
本紙寸法72.8×19.3p
全体寸法78.5×37.8cm
註釈

嶋野三郎
明治26年(1893)〜昭和57年(1982)

明治44年(1911)、金沢第一中学校を卒業。石川県の県費留学生として選抜され、ウラジオストクで語学を学ぶ。大正3年(1914)、南満州鉄道株式会社の社費留学生となり、モスクワの大学を経て、大正5年(1916)、ペテルブルク大学に入学。哲学、ロシア史を学ぶ。大正6年(1917)、ロシア2月革命に遭遇し帰国。同年、南満州鉄道株式会社に入社。東京支社東亜経済調査局(後に調査部)に配属される。大正15年(1926)、ニコライ・トルベツコイ(Nikolai Sergeevich Trubetskoi/Николай Сергеевич Трубецкой 1890〜1938)の『西欧文明と人類の将来』を大川周明の行地社より翻訳出版。昭和3年(1928)、『露和辞典』を編纂。昭和8年、「ユーラシア主義宣言」の日本語訳を『日満共福主義』と題し、雑誌『大亜細亜』に発表。戦後は、東京ニコライ学院、自衛隊調査学校、関東管区警察学校の講師などを務めた。著書に『哲学概論』、『この目で見たロシア革命上・下』など。

【翻刻】

拝啓。
今生ノ御暇乞申
上候。二十年
ノ御交情、何ヲ
以テ謝センヤ。
御雄健ト幸
福ニ御暮シ
候テ、邦家百
年ノ多々努
力祈上候。
御令閨ニヨロシ
ク。再拝。

八月十八日

一輝

嶋野兄

【訳文】

拝啓
この世のお暇乞いを申し上げます。
二十年にわたる御交情には御礼の言葉もございません。
これからの御健康と御多幸なるお暮らしを願い、
国家百年の計に御尽力されるよう祈念申し上げます。
奥様にもよろしくお伝え下さい。再拝

八月十八日

一輝

嶋野兄

北一輝、処刑前日(8月18日)に盟友嶋野三郎に書き残した書簡。今生の別れを告げるものである。

—以下は、同日、息子大輝に書いた遺書である。—

大輝よ、此の経典は汝の知る如く父の刑死する迄、読誦せるものなり。汝の生るると符節を合する如く、突然として父は霊魂を見、神仏を見、此の法華経を誦持するに至れるなり。即ち汝の生るるとより、父の臨終まで読誦せられたる至重至尊の経典なり。父は只此法華経をのみ汝に残す。父の想ひ出さるる時、父の恋しき時、汝の行路に於て悲しき時、迷へる時、怨み怒り悩む時、又楽しき嬉しき時、此の経典を前にして南無妙法蓮華経と唱へ、念ぜよ。然らば神霊の父直ちに汝の為に諸神諸仏に祈願して、汝の求むる所を満足せしむべし。経典を読誦し解脱するを得るの時来らば、父が二十余年間為せし如く、誦住三昧を以て生活の根本義とせよ。即ち其の生活の如何を問はず、汝の父を見、父と共に活き、而して諸神諸仏の加護、指導の下に在るを得べし、父は汝に何物をも残さず、而も此の無上最尊の宝珠を留むる者なり
昭和十二年八月十八日
父 一輝

日本近代史の一シーンを刻む、貴重な書簡。