谷口雅春
Taniguchi Masaharu

谷口雅春 1
谷口雅春 2
谷口雅春 3
谷口雅春 4
谷口雅春 5
谷口雅春 6
谷口雅春 7
作家名
谷口雅春たにぐち まさはる
作品名
自筆原稿
作品詳細
註釈

八日の法語 事件が起つて来たときに(200字原稿用紙2枚、完結)

病気が起つて来たときに、その病気に心を集中すれば、その病気は一度おもくなるのである。自分の肉體の完全な部分を見つけて、それに感謝することをつづければ、病念は次第に消え、病念が次第に消えるに従って、病気そのものも輕癒しまふのである。それと同じくあなたの環境に何か面白くない事が起つて来た時には、その面白くない事柄にあまり注意を向け、それを大きく扱えば扱ふほど、その良くない事件は拡大すると云ふことになるのである。それよりも一層よい事に対して心を振り向け、それに感謝し、自分のこれまでの生活態度に消極的な点かあるならば、それを積極的態度にあらため、自分のこれまでの心の態度が暗いと気がついたならば、それを明るい方向に転換するやうにするがよい。事件そのもの、問題そのものに大袈裟な苦悩や不平は言はないやうにするがよい。それは今は問題を起しているにせよ兎も角今までこれだけの成果を挙げたことに感謝し、現象的には、最善をつくして現状を改善するように努力を実践するがよいのである。

九日の法語 あなたの運命が今よくないならば(200字原稿用紙3枚、途中まで)

ある處に年若い未亡人があった。彼女は再婚したいと思って居いた。彼女は自分の亡くなった良人の遺産である善い邸宅をもつていた。その善美の邸宅に自分を愛してくれる適当な男子を迎へたいのであった。候補にのぼる男性は幾たびもあらはれたけれども、どの男にも色々の缺点があるのが眼についた。そして幾年も経 したが、欲するやうな適当な男性は見つからなかった。

何故、適当な男性がみつからなかつたかと云ふと、彼女は逢ふ男性ごとに何處かに缺点はありはしないかと、缺点ばかり探すのに忙しかつたからである。彼女の心は暗黒の方向ばかりに集中していた。彼女は光明思想に触れる事によって消極面・暗黒面ばかりを見ているために自分の運命を育てることができないのだと云ふ事に気がついたのであつた。今ある物、現在自分に輿へられたあるものを  し、感謝し、それを充分愛し、生かす事によつて、次なる好き運命が れて来るのだと云ふことに気がついたのであつた。彼女は今、自分が遺産として輿へられている邸宅に感謝し、それを  し、それを愛し、それをもつと美しうしようと考へた。そして庭園師を呼んで庭を一層よくするために

二十日の法語 肉体は「心」の結晶体である(200字原稿用紙2枚、完結)

大體、「肉体」と「心」とを別物だと考へるのが問題なのである。肉體全体が「心」が具象化した結晶体であるのである。単に大脳に於いて働いた體幹感動が間脳→脳下垂體→副腎とホルモンに影響を輿へるだけではなく、全身の細胞は生きてをり、一種の霊的触角をそなへていて體幹感動直接キャッチして、それに共鳴して、不健全にも健全にも、どちらにも働くのである。一瞬尚と難も、私たち自身の精神の影響をうけない「細胞」は全身の何處にも存在しないのである。それゆえにこそ、骨カリエスの場合の如き、薬剤が流れ入る血管のない骨の中にまでも、その人の精神的影響は達(とど)いて息、医 難治のカリエスまでも治することになるのである。私たちの全身の細胞だけではなく、宇宙の何處にある物質の一点すら「心」によつて影響を受けないものはないのである。何故なら、物質の本源単位なるは「宇宙心」によつて真空中に作られたものであるからである。

二十四日の法語 運命は自分の心がつくる。(200字原稿用紙3枚、途中まで) 

立派なデザイナーは決して心の中に不恰好な形の服飾を描きはしないのである。だから彼らの製作した服飾は常に立派なものであって多くの人々の爰好と賞賛の的になるのである。立派な建築家は決して自分の心の中に、悪い設計を描いていないのである。それだから彼の設計した建築物は常に完全に美と実用価値とを備へているのである。すべて心に描いたものが形の世界にあらはれるのである。それなのに多くの人たちは、自分の運命について、自分の健康について「よき設計」を心に描かないで行き詰りや病気を描いて恐怖するのであらうか。すべて心に描くものが創造の雛型になるのである。私たちは自分の想念によって自分の運命の形を描く。そして宇宙の創造力が描いた通りのものを具体化することになるのである。(続く)

どうしたら入学試験に合格するか (200字原稿用紙30枚完結)

谷口雅春

一、如何なる学校を選ぶかに就いて

入学試験シーズンが近づいて来ましたのでお母さん達はどなたも御心配なことでありませう。入学試験にせよ、どんな問題にせよ、現象界に起るすべての出来事は、先づ心の世界に起こったことが、ある時間的順序と道程を通して実現するのでありますから、確実に入学するためには心の世界で入学してしまふことが必要なのであります。

ところで貴方のお子さんが或る学校へ是非入学しなければならないと、我の考へで力むことは正しいことであろうか。この問題を最初に考へ直して見なければならないのであります。実例をもつて申しませう。もう十数年も前のこと、軍国主義さかんなりし頃のことです。柳澤元俊君は自分の父君が海軍将校でありましたのが、夭折せされましたので、その遺志をついで海軍将校になりたいとの念願で、江田島の海軍兵学校へ入学試験を受けられましたが、学科の方はパスしましたが、躰格検査で色盲だと云ふので撥ねられてしまったのです。色盲では海軍の信號旗などの色彩の判別がつかないので海軍将校になることは絶対に不可能なのであります。しかし元俊君は海軍将校になる望みを捨てることが出来ない。それで色盲さへ治れば学科の方はパスしたのであるから来年は入学出来る。だから色盲を尚したいと思って、母君の柳澤田鶴子さんと一緒に成長の家を訪れて私に御相談せられたのであります。
「大体、色盲と云ふのは、世の中には色々のものがある。その色々のものを平等に見ることができないで、或る色を拒絶して、或る色だけを受容れる我の強い心のあらわれである。学校にも色々あるのに、海軍兵学校だけを受容れる。それ以外の学校には行きたくない、さう云ふ頑張りの心を捨てることです。そして神様の御心ならどんなことでも受容れますと素直に一切のものを受容れ、周囲のすべてのものと融和するやうにすればなおるのです。」 (続く)