熊谷守一
Kumagai Morikazu

 熊谷守一 1
 熊谷守一 2
 熊谷守一 3
作家名
熊谷守一くまがい もりかず
作品名
書簡(大正13年10月5日)
作品詳細
寸法39×18p
註釈

【原文】
啓上。
度々御便り、小生例の怠りぐセで、 御返事も申上けず失礼仕り候。
御無事御暮しの事と存し候。
先年小生池袋宅御尋ね
下され候由、残念仕り候。
先年御見舞ハ御送り下され
候布地、御発送日附より二日
量り後れて戴きました。
真当時早速間にあいました。
昨年地震後の狂気ざたには
閉口仕り候。
いろ々御心配かけました女出入
も、大体かたつきましたから、
御安心下され度候。
只今は子供が弱いのと、女と子供
の餌と嘲過来、兼て甚た
閉口致し居り候。
先は近況御知らせまて。

              草々、不一

 十月五日           守 一

【読み下し文】
啓上。度々御便り、小生例の怠りぐセで御返事も申し上げず、失礼仕り候。御無事御暮しの事と存じ候。先年小生池袋宅御尋ね下され候由、残念仕り候。先年御見舞ハ御送り下され候布地、御発送日附より二日量り後れて戴きました。真に当時早速間にあいました。昨年地震後の狂気ざたには閉口仕り候。いろいろ御心配かけました女出入も、大体かたづきましたから、御安心下され度候。只今は子供が弱いのと、女と子供の餌と嘲過来、兼て甚だ閉口致し居り候。先は近況御知らせまで。草々、不一。

 十月五日           守 一

【文 意】
啓上。度々御便り、小生例の怠り癖からお返事も申し上げず、失礼しました。ご無事でお暮らしのことと存じます。先年小生の池袋宅へお尋ね下されたとのこと、残念です。先年御見舞として御送り下された布地は、ご発送の日附より二日ばかり遅れて戴きました。 まことに当時早速間にあいました。昨年の地震後の狂気ざたには閉口しました。いろいろご心配をかけました女出入も、大体片付きましたから、ご安心下さい。只今は子供が弱いのと、女と子供の餌(えさ)の面倒と、(女房からの)と嘲(あざけり)を受けて、はなはだ閉口致しています。まずは近況お知らせまで。草々、不一。

 十月五日           守 一

【解説】
書簡は、文中『昨年地震後』とあり、書かれたのは、大正12年(1923)9月1日に発生した関東大震災の翌年、大正13年(1923)10月5日と推定される。尚、差出人は不明である。当時の守一は、前々年の大正11年に結婚をし、長男の黄を乳飲み子として抱えていたころで、生活は困窮を極め、妻秀子からは、絵を描いて収入を得るようにさかんに急き立てられていた。世人は、守一を仙人の画人のようにいうがそうではない。実際、東京市中に暮らして、仙人とも超俗ともいえまい。もちろん本人は自分が仙人などとは露ほども思ってはいなかった。晩年、小さな世界に閉じこもったのは、世間が面倒であったからである。もし、守一の芸術が、世界に確固としたものとして存在するとするなら、それは自分の弱さをさらけだすことができる強さが人間の根底に根ざしているからであろう。この書簡は、熊谷守一の当時の生活振りを彷彿とさせるだけではなく、人間熊谷守一の実像の一端を垣間見ることができて大変面白くまた貴重な資料である。