乃木希典 乃木静子
Nogi Maresuke

 乃木希典 乃木静子 1
 乃木希典 乃木静子 2
作家名
乃木希典 乃木静子のぎ まれすけ、のぎ しずこ
作品名
豊永長吉(印藤聿)、豊永和吉宛書簡
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 象牙軸 合箱
全体寸法66.7(胴幅)×213p
註釈

豊永長吉 明治8年(1831)〜明治44年(1911)

長府藩士下村又三郎の三男として長府に生まれ、のち長府藩士印藤吉郎右衛門の養子となる。幼名、百合平。長府藩士伊藤増三郎について漢学び、藩校敬業館に通う。長府藩主毛利元周の側近として国事に奔走、東豊浦郡代官、表用人兼会計局頭人などを務める。坂本龍馬と親交し、龍馬に三吉慎蔵を紹介したのは聿といわれる。維新後は、実業界に進み、下関米穀取引所理事長、日本舎密製造社長などをつとめ、明治36年(1903)、衆議院議員に当選。

豊永和吉
豊永長吉の次男。

【乃木希典】
拝啓
御満堂御多之段
大慶至極存候然ハ 先大人御遺物トシテ
唐硯壱面
大菓子器壱個
右御贈り被下存候貴重之
御家宝何共過分之
至恐縮此事ニ存候
永々愛蔵御遺徳(?)之
記会ト可仕御請御礼
迄●候如此候 敬具
十二月十七日 希典
豊永和吉様

(封筒)
消印 明治44年12月17日
長門國長府町
豊永和吉殿
東京乃木希典

【乃木静子】
一筆申上候残暑続く候処
御揃様御変りなく御暮し
遊し筆(?)目出度そんじまいらせ候
扨此間ハ御出被下殊ニ勝典
霊前へ御幣代尚珍敷
御手作り之夏美かん沢山
頂き御厚志の程労存候
かたく御礼申上候其節ハ
別荘ニ参り留守中にて誠ニ
失礼申上何共残念至極ニ
そんし上まいらせ候
御序ニ御家内様も宜敷
御伝ヘ願上まいらせ候右御礼尚
御見舞等●申上候

    可祝

八月十五日  乃木静子
豊永長吉様

(封筒)
消印 明治37年8月15日
長門国豊浦郡長府村
豊永長吉様

平信

東京赤坂新坂町乃木静子

【解説】
乃木静子書簡は、明治37年(1904)、5月27日に日露戦争で戦死した長男乃木勝典の霊前に対し、豊永長吉より贈られた香典、供え物に対する礼状。

乃木希典書簡は、明治44年7月23日に死去した豊永長吉の遺品を贈られたことによる、次男豊永和吉に対する礼状。