A-1120 山元桜月 徳富蘇峰
Yamamoto Ougetsu / Tokutomi Sohou

 山元桜月 徳富蘇峰 1
 山元桜月 徳富蘇峰 2
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 山元桜月 徳富蘇峰 5
作家名
A-1120 山元桜月 徳富蘇峰 やまもと おうげつ/とくとみ そほう
作品名
富士
価格
75,000円(税込)
作品詳細
掛け軸 絹本彩色 緞子裂 合箱
  本紙寸法42×129
全体寸法(胴幅)55.3×216㎝
作家略歴

山元桜月
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徳富蘇峰
文久3年 (1863)~昭和32年(1957)

肥後国(熊本県)上益城郡益城町字杉堂村に生まれる。本名、猪一郎。弟に徳富蘆花。熊本洋学校に学び、同志社英学校に移るが退学。明治15年(1882)、熊本に戻り大江義塾を開く。明治19年(1886)、『将来之日本』を田口卯吉の経済雑誌社より刊行し好評を得、一家を挙げて上京する。明治20年(1887)、民友社を設立し、総合雑誌『国民之友』を創刊、政治、経済、外交など時事問題を論じ平民主義を唱える一方、森鴎外の『於母影』、坪内逍遥の『一口剣』など文学作品も掲載した。明治23年(1890)、『国民新聞』を創刊。明治28年(1895)、三国干渉を機に、富国強兵、国家主義へと転換、英文雑誌『極東』(Far East)を刊行する。明治30年(1897)、松方内閣の内務省勅任参事官に就任。昭和4年(1929)、国民新聞社を退き大阪毎日新聞の社賓となる。昭和17年(1942)、日本文学報国会、大日本言論報国会会長に就任。昭和18年(1943)文化勲章受賞。敗戦後A級戦犯容疑者に指名され公職追放。昭和27年(1952)、公職追放解除される。同年、『近世日本国民史』100巻完成。

コンディション他

欲○日本男児志請見芙蓉白雲山

裂に若干ヨゴレあり。

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