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D-146 頼山陽
Rai Sanyou

頼山陽 1
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作家名
D-146 頼山陽 らい さんよう
作品名
村瀬士錦賦五律
価格
150,000円
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 象牙軸 頼潔箱
本紙寸法28.6×125.8 全体寸法51×213cm
作家略歴

頼山陽
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村瀬士錦
寛政3年(1791)〜嘉永6年(1853)

美濃上有知村上町(岐阜県美濃市)に生まれる。名、褧(けい)。字、士錦。通称、敬治。号、藤城。梅花村舎を開き美濃一円に門弟数百人を持つ。頼山陽とは盟友。漢学者。上有知村庄屋として民政にも尽くす。

頼潔

山陽の孫。山陽と妻りえの間の子である支峯(又二郎、復)の長男。

コンディション他

頼潔箱書き
【原文】
(箱表)山陽翁同村瀬士錦賦五律直幀
(箱裏)山陽翁、此詩載在文政甲申之稿中、題曰、三日同士錦賦。余因病久禁飲、是日始酔。作意已如是書。則風骨雖偉勢龍躍虎踞、毫無窘促之態、巻、士錦為翁愛弟也。病新起同所、愛弟子対酌歓晤、其壮快可想見也。庚申之昏日、頼潔拝観畢遂題。
【訓読】
山陽翁の此の詩は文政甲申の稿中に載せて在り。題して曰く、三日、士錦と同して賦す。余、病に因りて久しく飲を禁ず。この日始めて酔う。作意、すでにかくの如くして書す。風骨は偉勢龍の躍り、虎の踞ると雖も、毫も窘促の態無し。巻の士錦は翁の愛弟なり。病新たに起りて所を同じくす。愛弟子と対酌して歓晤するは、その壮快、想い見るべきなり。庚申の昏日、頼潔拝観畢りて、遂に題す。

【訳文】
山陽翁のこの詩は文政七年(一八二四)甲申の詩稿の中に載っている。題して、三日、士錦と同席して詩を賦す。余(山陽)はこの頃、病気によって長らく飲酒を禁じていたが、この日、始めて酒を飲んでみた。詩の作意はこのような気持ちで書いたものである。その風骨は、龍がおどりあがり、虎が伏して身構えるような勢いで、少しも縮こまったところがない。士錦は翁の愛弟子で、病気の時にも起居を共にしていた。気の置けぬ弟子と酒を酌み交わし、うち解けて語りあう、その壮快さに想いをいたすべきであろう。以上、万延元年(一八六〇)庚申の晦日に、頼潔が拝見して題した。

頼山陽 五言律詩(文政7年甲申)
【原文】
養花天有暈
催草雨生香
及此重三日
與君同一觴
佳辰病新起
清酒酔殊長
隔歳貪酣暢
茂林方夕陽

【訓読文】
花を養いて天に暈あり。
草を催して雨は香を生ず。
この三月三日に及びて
君と一觴を同じくす。
佳辰、(やまい)新たに起こり、
清酒、酔いは殊に長し。
歳を隔てて酣暢(かんちょう)(むさぼ)る。
茂林(もりん)(まさ)夕陽(せきよう)

【訳文】 花を育てていると、太陽に笠がかかっている。
雨が草々にふりそそいで香りがたちこめる。
三月三日になって、
君と一つの盃を酌み交わす。
この良き日に、病気が新たに起こり、
清酒の酔いはことのほか長く続いた。
一年ぶりに酒を飲んでのんびりした気分を楽しむ。
生い茂った林はすでに夕陽に照らされている。

酣暢―酒を飲んでのんびりした気分になる。

※本詩は、『頼山陽全書 詩集』四五二頁に所収される(ただし語句に小異あり)。「三日、同士錦賦。余因病久禁飲。是日始酔。三月三日」と題す。
なお、末句の「茂林」は、同じく三月三日の修禊を詠んだ王羲之『蘭亭序』に「茂林修竹」として所見されることから、山陽が『蘭亭序』を意識していたことがわかる。

本紙に、若干傷みあり。

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