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D-054 梁川星巌
yanagawa seigan

梁川星巌 1
梁川星巌 2
梁川星巌 3
梁川星巌 4
梁川星巌 5
梁川星巌 6梁川星巌 7
作家名
D-054 梁川星巌やながわ せいがん
作品名
芳野懐古舊作六絶句
価格
お買い上げ頂きました
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 合箱
作品寸法58.6×128p
全体寸法75×180.5p
作家略歴

梁川星巌
寛政7年(1795)〜安政5年(1858)

安八郡曽根村(大垣市)に大垣藩士稲津丈太郎長高の子として生まれる。名は卯、字は伯兎。号は詩禅。後、名を改めて、孟緯、字を公圖または無象とした。十二歳で両親を失う。幼くして華渓寺太随和尚に句読を受ける。文化四年、一九歳で江戸に遊学し、山本北山塾に入門、経史、詩文を学ぶ。二十九歳帰郷し「梨花村舎」を開き、詩文を研究し子弟に教授した。文政五年から約十年間、妻紅蘭を伴って、西日本各地を放浪、頼山陽その他の文士と交流、詩名大いに高まる。天保三年、江戸に出て「玉池吟社」を開き詩文を教授した。門弟には、佐久間象山もいた。弘化三年、京都に居を移す。嘉永六年、ペリー来航後、吉田松陰、梅田雲濱らとの交流を深め、尊皇攘夷運動の中心的役割をになう。安政の大獄直前の安政五年、京都にて急死する。尊皇家。漢詩人。

コンディション他

江戸中期に国学がさかんになり、その息吹を受けた尊皇思想が徐々に倒幕運動へと向かう政治思想の潮流となるなかで、多くの尊皇の詩人たちが遙か南北朝時代に思いを馳せた詩を作りました。そのなかでも、当時の代表的漢詩人であった梁川星巌の《今来古往事茫茫》で始まる芳野懐古は、名詩として謳われ、藤井竹外、河野鉄兜とともに芳野三絶として世に知られています。これまで、梁川星巌の芳野懐古は、『梁川星厳全集』(伊藤信著)に訳出されているように、一般に『日支峰影集』所収の五言絶句三首および、『鴨沂小隠集』所収の七言絶句二首の計五首が梁川星巌の芳野懐古として知られていました。この梁川星巌詩書『芳野懐古舊作六絶句』は、そこに、もう一つの芳野懐古が存在し、梁川星巌の芳野懐古は、元々六首あったことを物語っています。この梁川星巌詩書『芳野懐古舊作六絶句』は、もう一つの芳野懐古の存在を明らかにする貴重な新発見の資料となるものです。
尚、「梅田左監重遊吉野」の梅田は梅田雲浜に間違いないでしょう。

翻字
太息重太息、延元陵樹荒。年年二三月、花發滿山香。
君王感南木、一夢已悠悠。空?英雄涙、汎瀾竟不休。
妖花妃子面、啼鳥帝王魂。無限南朝事、春山笑不言。
吉野懐古京國三首。

一木纔能支左天、賊繹曰規日紛結。自従國破忽臣殆、朝佛横行五百年。

不知何處古行宮、飄瞥春空羅綺風。今日誰爲奉陵者、夕陽僧掃落花紅。
年來年去事茫茫、石馬無聲抔土荒。春入櫻花滿山白、南朝天子御魂香。
吉野懐古三首。舊作六絶句、縁以贐。
梅田左監重遊吉野星巖梁孟緯拝具
(赤字部分新発見の芳野懐古)

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