A-979 小早川秋聲
Kobayakawa Shusei

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 小早川秋聲 9
作家名
A-979 小早川秋聲 こばやかわ しゅうせい
作品名
慈光
価格
御買上げ頂きました
作品詳細
掛け軸 紙本着色 紙裂 共箱
本紙寸法26.3×86.3
全体寸法40.2(胴幅)×194㎝
作家略歴

小早川秋聲
明治18年(1885)~昭和49年(1974)

本名、盈麿(みつまろ)。神戸市の九鬼隆義子爵邸内で生まれる。父は、鳥取県日野郡日野町黒坂の光徳寺住職小早川鐵僊。母は、九鬼隆義の妹九鬼幸子。明治27年(1894)、9歳で東本願寺の衆徒となる。明治33年(1900)、父の光徳寺に入るが、画家になため家出同然に神戸の九鬼家に戻る。翌34年、真宗高倉大学寮(現在の大谷大学)に入学。明治39年(1905)、四条派の谷口香嶠の画塾「自邇会」に入る。明治40年(1907)、特科隊一年志願兵として騎兵連隊に入隊、陸軍予備役少尉になる。(その後の年次訓練などで大正期には陸軍中尉となる。)明治42年(1909)、京都絵画専門学校(現在の京都市立芸術大学)に入学するが、同年に退学。祖母利佐の紹介で初代参議院議長を務めた松平恒雄を頼り中国へ遊学。1年半ほど文部次郎厳修邸に寄宿しながら、北京皇室美術館で東洋美術を研究し、その合間に名勝古跡を巡る。大正3年(1914)、第8回文展で、《こだました後》が初入選。大正10年(1920)から2年間、ベルリン国立アルトムゼーム研究室で学ぶ。その後、イタリア、オランダ、スペイン、スイス、ハンガリーから、中近東、東南アジアまで旅行。昭和6年(1931)、満州事変以後、陸軍の嘱託従軍画家として昭和18年(1943)まで満州や中国、タイやビルマなど南方に派遣され多くの戦争記録画を描く。戦後は、宗教的題材の作品を多く描いた。代表作に《日本刀》(1939)、《國之楯》(1944)など。

コンディション他

小早川秋聲、最晩年期の優品。
箱書きに、古紙古墨を以て敬写とある。

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