短冊の小径

174 飯田蛇笏

深草の~

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深草の~

深草のゆかりの宿の端午哉

飯田蛇笏 いいだ だこつ

1885(明治18)年~1962(昭和37)

山梨県東八代郡五成村(笛吹市)の大地主で旧家の長男として生まれる。本名、武治。別号、山廬。明治38年(1905)、早稲田大学英文科入学。在学中、早稲田吟社に参加、中塚一碧楼、白石実三らを知る。また、「玄骨」と号し、高浜虚子の『ほとゝぎす』に投句。明治42年(1909)、同学を中退し郷里に隠棲。俳誌「雲母」を主宰し、芭蕉を先達と仰ぎ、格調の高い秀句を数多く生み出した。句集に『山廬集』『白獄』『雪峡』等。

コンディションなど

紙本
良好 砂子

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