益田孝(鈍翁) Masuda Donnou

弘化5年(1848)〜昭和13年(1938)

佐渡の相川に代々地役人を勤める家に生まれる。父(鷹之助)の転勤にともない江戸に出て安政6年、「支配通弁御用出役」となってアメリカ公使館に勤務し、初代公使のハリスに接して大きな影響を受ける。文久3年、遺仏使節、池田筑後守の随員となった父の従者として初めて渡欧。明治維新後、商売を始め、アメリカのウォルシュ・ホール商会のクラークに迎えらる。その後、井上馨の薦めで大蔵省に入るが、井上馨の下野とともに辞職、「先収会社」(旧三井物産会社の前身)の創立に参加する。明治8年、井上馨が元老院議官に任命され、特命副全権弁理大臣として朝鮮に派遣されることになり、先収会社は閉鎖されるが、明治9年、旧「三井物産会社」が開業し経営の実権を全面的に委任される。

三井財閥や日本経済新聞社の創立に活躍するとともに、茶の湯に造詣深く、膨大な茶道具のコレクションを残し、近代の大茶人の一人に数えられる。

益田孝(鈍翁)
所感(和歌)
益田孝(鈍翁)
和歌
益田孝(鈍翁)
一行書
益田孝(鈍翁)月
益田孝(鈍翁)人間万事塞翁馬
人間万事塞翁馬
益田孝(鈍翁)白河楽翁か不拾庵を送られし時にて 御詠
白河楽翁か不拾庵を送られし時にて 御詠
益田孝(鈍翁)伝心
伝心
益田孝(鈍翁)筒おとを
筒おとを
益田孝(鈍翁)菅田庵消息
菅田庵消息
益田孝(鈍翁)細流詠草
細流詠草

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