中村不折 Nakamura Fusetsu

慶応2年(1866)〜昭和18年(1943)

東京京橋に生まれる。本名、ニ太郎。別号、環山、孔固亭、永寿霊壺斎。明治3年父の郷里、長野県上伊那郡高遠町に移住。小学校を卒業し、上諏訪町の呉服店に勤めるが、身体をこわし高遠町の菓子屋で働く。その傍ら勉学や芸術の道に志をたて、明治17年19歳のとき、郷里高遠の小学校助教員(代用教員)に採用され、飯田や伊那で教師を勤める。明治20年、上京し十一字会(のちの不同舎)に入塾、小山正太郎に師事し洋画家への道を歩み始める。明治27年生涯の友となる正岡子規に出会い、「小日本」で挿絵を担当する。明治28年従軍記者として正岡子規とともに中国、朝鮮を巡回、その後の書道研究の契機となる。明治34年渡仏してアカデミー・ジュリアンでジャン・ポール・ローランスに師事。明治36年帰国し明治美術会の後身である太平洋画会に入会。緻密な構図をベースに力強い写実的な作品を発表した。また、一方で、漢魏六朝の書を研究し、独特な書風で一家を成し、亀甲獣骨文、青銅器、石碑、鏡鑑、法帖、経巻文書などを蒐集、昭和11年台東区根岸の旧宅跡に書道博物館を開館させた。帝国美術院会員。芸術院会員。

中村不折 詩書大幅 林和清山園小梅詩
詩書大幅 林和清山園小梅詩
中村不折 観音菩薩図
観音菩薩図

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