高島北海 Takashima Hokkai

嘉永3年(1850)〜昭和6年(1931)

長門国萩(萩市)に、萩藩医の子として生まれる。本名得三。明治5年(1872)、工部省に勤め、生野銀山に赴任、フランス人技師コワニェから地質学とフランス語を学ぶ。明治7年(1974)、日本初の地質図となる「山口県地質図説」「山口県地質分色図」を著す。明治17年(1984)、万国森林博覧会参加要員として渡英、その後、ナンシー森林高等学校に留学し、植物学を学ぶ傍ら、エミール・ガレらナンシーの美術家たちと交流し、多くの日本画を制作する。明治21年(1888)、帰国後、農商務省技師を務めたが、明治30年(1897)公職を辞し、本格的に画業に邁進する。明治39年(1906)、第40回日本美術協会展で『秋澗暁霽』が二等賞銀杯受賞。翌40年、東京勧業博覧会で『水墨山水』が一等賞牌受賞。明治41年(1908)、第2回文展から大正6年(1917)まで文展審査員を務める。

高島北海 青緑山水雲谿仙館図
青緑山水雲谿仙館図

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