十返舎一九 Juppensha Ikku

明和2年(1765)~天保2年(1831)

江戸を代表する戯作者。駿河国府中(静岡市)に奉行所同心の子として生まれる。本名、重田貞一。字、駿陽、幼名、市九。駿府町奉行小田切土佐守直平に仕える。天明7年(1787)、直平が大坂町奉行になり、一緒に同地へ赴くが、その後間もなくして武士を辞める。寛政元年(1789)、近松東南の弟子となり、近松余七の名で、浄瑠璃『木下蔭狭間合戦』の作者の一人として名を連ねる。寛政5年(1793)、再び江戸へ出て、書肆蔦屋重三郎で職人となり、山東京伝作の黄表紙本『初役 金烏帽子魚』の挿絵など、挿絵、錦絵を多く手掛ける。享和2年(1802)、紀行文『南総紀行旅硯石』、『東海道中膝栗毛』初編などベストセラーとなり、一躍人気作家となる。文化13年(1816)、『続膝栗毛・八編・従木曽路善光寺道』」刊行。文政5年(1822)、『続膝栗毛・中山道中」刊行し、『膝栗毛』完結。代表作に他、『方言修行 金草鞋』、人情本『清談峯初花』など。江戸を代表する戯作者。曲亭馬琴とならび、日本で最初の職業作家ともいわれる。

十返舎一九 万歳自画賛
万歳自画賛

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