頼三樹三郎 Rai Mikisaburo

文政8年(1825)〜安政6年(1859)

京都三本木に生まれ。頼山陽の三男。名、醇。通称、三木八。号、鴨崖、百城、古狂生。
山陽没後、山陽の弟子児玉旗山に学び、旗山の没後、後藤松陰、篠崎小竹に学ぶ。天保11年(1844)、昌平黌に入学。徳川将軍家の菩提寺である寛永寺の石灯籠を倒し昌平黌を退学。弘化3年(1846)、東北地方から蝦夷地へと遊歴し、探検家の松浦武四郎と出会う。梁川星厳、梅田雲浜ら尊皇攘夷派らとの連携を強め国事に奔走。安政6年(1859)、安政の大獄により処刑。儒学者。

詩書
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