坪井信道 Tsuboi Shindou

(1795〜1848)

美濃池田郷脛永村(揖斐川町)に生まれる。名は道。幼名は環。字は信道、道庵、のち誠軒。文化元年、九歳のとき、父の死にともない家族離散。文化三年、刈谷藩の儒者秦滄浪に引き取られる。文化六年、九州豊前中津藩の藩儒、倉成龍渚を訪ね、当地の医師、儒者より漢学と医学を学ぶ。文化一四年、下関で医者を開業。江戸に出て西洋医学者宇田川榛斎に入門す。七年の苦学の後、文政十二年、江戸深川上木場に蘭学塾安懐堂を、ついでに天保三年冬木町に日習堂を開いた。貧民にも差別のない治療は評判を高め、天保一〇年、四四歳のとき長州藩の侍医に迎えられる。門人に青木周弼、緒方洪庵、杉田成卿らがいる。著書に「医則」「万病治準」「歇氏神経熱論」「治法総論」など多数ある。蘭医学者。嘉永元年、五三歳で病没。

坪井信道
詩書

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