織田瑟瑟 Oda ShitsuShitsu

安永8年(1779)〜天保3年(1832)

近江国神崎郡(現在の滋賀県東近江市)川合寺に織田信長の九男織田信孝男貞置の末裔である津田貞秀(のち織田氏改姓か)の娘として生まれる。本名、政江。10代前半で、縫殿助岐山なる風流人を婿にむかえ京都に移り住む。やがて娘が生まれるが、瑟瑟16歳のとき夭逝する。その後、三熊露香に入門。寛政8年(1796)とその翌年、京都の「東山新書画展」に夫と共に出品。寛政9年(1797)、夫と死別し、川合寺の本家に戻り、10歳年上の彦根藩士石居氏三男信章と再婚。文化10年(1813)、夫信章没。その後50歳前後で剃髪隠棲し、天保3年(1832)、54歳で没する。瑟瑟の墓は川合寺の西蓮寺にあり、寺の近隣では「織田桜」と称して、今も多くの瑟瑟の桜画が残るという。

織田瑟瑟 九重桜真図
九重桜真図

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