森高雅 Mori Takamasa

寛政3年(1791年)〜元治元年(1864年)

名古屋鉄砲町、名古屋呉服町などに住む。通称、右門、蜂助。初号、玉僊。別号、蝦翁、菊亭、三光堂、紫川亭など。吉川一渓に狩野派を学び、次いで南画を中林竹洞に、浮世絵を牧墨僊に学ぶ。はじめ浮世絵美人画で声価をあげ、後年、土佐光孚に土佐派の画風を学ぶ。門弟を多数有し、江戸後期、尾張を代表する風俗画、土佐派の画家として活躍する。

翡翠図
翡翠図

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