植村直己 Uemura Naomi

昭和16年(1941)〜昭和59年(1984)

兵庫県城崎郡国府村上郷(豊岡市日高町)に生まれる。昭和34年(1959)18歳、兵庫県立豊岡高等学校を卒業し、新日本運輸株式会社に就職。 昭和35年(1960)19歳、明治大学農学部農産製造学科入学し、山岳部に入部する。昭和39年(1964)23歳、明治大学を卒業し、同年5月2日、あるぜんちな丸で横浜港を出港し渡米。同年9月、アメリカの農場で働くが、不法労働で逮捕される。強制送還は免れフランスへ向う。モルジンヌのスキー場に就職し、登山資金を貯める。昭和41年(1966)25歳、ヨーロッパ最高峰モンブラン(4807m)単独登頂。アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ(5895m)単独登頂。昭和43(1968)年27歳、南米大陸最高峰アコンカグア(6960m)単独登頂。同年4月20日から6月20日までアマゾン河約6,000キロをイカダで下る。昭和45年(1970)29歳、5月11日、松浦輝夫と共に日本人として初めて世界最高峰エベレスト登頂を果たす。同年8月26日、北米大陸最高峰マッキンリー(6194m)単独登頂。世界初の5大陸最高峰登頂者となる。この頃から南極横断の夢を抱く。昭和46 年(1971)30歳、月1日 グランド・ジョラス(4208m)北壁を完登。同年8月30日、稚内を出発し日本列島3,000キロを徒歩で縦断、10月20日、鹿児島に到着。昭和49(1974)年33歳 、野崎公子と結婚。同年12月29日、北極圏12,000キロの単独犬ゾリ行に出発。翌昭和51年(1976)35歳、5月8日、コツビューに到着、北極圏12,000キロを完走。昭和53年(1978)37歳、3月5日 北極点犬ゾリ単独行に出発。4月29日、北極点に到達。5月12日、グリーンランド縦断に出発。8月22日、南端に到着。昭和55年(1980)39歳、10月、日本冬期エベレスト登山隊隊長として日本を出発。昭和56(1981)年40歳 、1月27日、冬期エベレスト登頂計画を断念。昭和57(1982)年41歳、1月、南極大陸3,000キロの犬ゾリ走破と同大陸最高峰ビンソン・マシフ(5140m)の登頂のため日本を出発。昭和58年(1983)42歳、南極計画を断念し、3月に帰国。昭和59年(1984)43歳、2月12日 世界初のマッキンリー冬期単独登頂。2月13日、飛行機との交信を最後に消息を絶つ。同年、国民栄誉賞を受賞。

植村直己 写真 北極圏12.000キロ大橇旅
写真 北極圏12.000キロ大橇旅

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