各務支考  銘瓠
作家名 C-052 各務支考
作品名 銘瓠
価格
作品詳細 掛け軸 紙本 水墨 森桂園(美濃派以哉派二十八世)箱 
本紙寸法43.3x26.4p
全体寸法49.7x107p
作家略歴
寛文五年(1665)〜享保十六年(1731)

美濃山県郡北野に生まれる。父吉三郎、初め村瀬姓、五歳で父と死別し同じ北野村の大智寺に入り僧籍となる。十一歳のとき、「いろは葉に出て散りぬる紅葉かな」の句がある。播磨の盤桂和尚に参禅するも十九歳で還俗、宇治山田に隠遁、医を業にする傍ら、岩田凉菟に俳諧を学ぶ。元禄三年、二六歳のとき、内藤丈草、乙州と同道し近江膳所の無名庵に芭蕉を訪ねる。元禄四年、芭蕉に従って江戸へ下る。翌五年、東北松島の旅に出、「葛の松原」を著す。芭蕉没後、蕉風俳諧を広め、俳諧論を説きながら、広範囲に活動し、師の追悼事業も大々的に行う。その後、芭蕉の後継者として、美濃を中心に多くの門人を擁し、獅子門美濃派と呼ばれる一大俳諧勢力を築く。主な俳号は、見龍、東華坊、西華坊、獅子老人、是仏坊、羚羊子、華表人、野盤子、卉名連、蓮二、黄山老人、佐渡入道、白狂、桃花仙、梅花仙、渡辺狂など。主な著書は、「葛の松原」「笈日記」「続五論」「東華集」「西華集」「俳諧十論」「十論為弁抄」「和漢文操」「本朝文鑑」など。

詳しくは美濃派資料館にどうぞ。
コンディション他
この作品は、各務支考手作りの「瓠の炭取り」に入れた銘を、支考が別に記したもの。
※この「瓠の炭取り」は当画廊のお客さん所有になっています。

瓠銘 蓮二

孔子曰
繋ッテ而
ンャうハ  

(孔子いわく かかって くわらんや)

蓮二云
口あれとも
是非を心かわし

(蓮二いう 口あれども是非を心かわし)

瓠(ほう・ひさご)‥ひょうたんのこと。
瓠繋(ほうけい)‥ひょうたんのように食べられずにぶら下がっている。ひとところにいつまでも停滞している人のたとえ。
 
『人にぶらさがって喰うな 口だけでなく心をかよわせよ』


色々と言葉が掛けてあって面白いものです。孔子の 「繋ッテ而不ンャうハ」は「瓠繋」のたとえに掛けたもので、蓮二(支考の俳号)の「口あれども・・」は瓠の口に対比させたのではないでしょうか。また、支考らしい遊びの精神と、支考の俳論の基底にある老荘思想をそこに見ることができると思います。

コンディションは、イタミがあっても良好と申し上げます。当画廊は表具もいたしますが、掛け軸は時代にあった表具、その内容(作品の背景、作家の思想)に合った表具が一番です。昔の表具は、ちゃんとそこら辺を考えて表具がしてあるものです。新しくするのは、やむを得ずです。少々のシミ、虫食いは風情とお感じください。
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