谷文晁 杉浦定稽
Tani Buncyou / Sugiura Teikei

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作家名
谷文晁 杉浦定稽 たに ぶんちょう、すぎうら ていけい
作品名
黄帝図
作品詳細
掛け軸 紙本彩色 金襴緞子裂 象牙軸 佐竹永陵箱
本紙寸法35.2×118
全体寸法48.6(胴幅)×207p
註釈

佐竹永陵
明治5年(1872)〜昭和12年(1937)

東京に生まれる。本名、銀十郎。明治20年(1887)、佐竹永湖に師事し、後佐竹家の養子となる。内国勧業博覧会、大正博覧会に出品。文展創設にあたり、旧派の正派同志会の結成に幹事として参加。谷文晁の研究、鑑定家として知られる。

【杉浦定稽題詩】
偉哉黄帝聖徳天授
岐伯兪跗以左以右   導養精微日窮日究
利及生民勿替于後
寛政戊午(=1798年)孟冬 征夷府医官杉浦定稽首再拝 謹書

岐伯・兪跗…中国の名医の名
精微…妙なること。細かなること
生民…民。人民
稽首…首が地に至るまで屈して拝すること

偉なるかな黄帝、聖徳は天の授けるところ
名医である岐伯・兪跗が左右にあり
養を導くこと細やかで、日々窮究す
人民に利を及ぼすこと、後代にも替ることなかれ