金子大栄
Kaneko Daiei

金子大栄 1
金子大栄 2
金子大栄 3
金子大栄 4
金子大栄 5金子大栄 6
作家名
金子大栄かねこ だいえい
作品名
耳根清徹
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 合箱
本紙寸法31.5×130cm
全体寸法49×193.2p
註釈

耳根清徹(にこんせいてつ)

耳根とは、五根(眼、耳、鼻、舌、身)の一つで、五根に意(こころ)を加えて六根という。「耳根清徹」は、仏説無量寿経上巻に出自します。《微風やうやく動きてもろもろの枝葉を吹くに、無量の妙法の音声を演出す。その声流布して諸仏の国に遍す。その音を聞くものは、深法忍を得て不退転に住す。仏道を成るに至るまで、耳根清徹にして苦患に遭はず。目にその色を覩、耳にその音を聞き、鼻にその香を知り、舌にその味はひを嘗め、身にその光を触れ、心に法をもつて縁ずるに、一切みな甚深の法忍を得て不退転に住す。仏道を成るに至るまで、六根は清徹にしてもろもろの悩患なし。》

〈仏道を成るに至るまで、耳根清徹にして苦患に遭はず〉とは、阿弥陀さまの南無阿弥陀仏の声を聞き、あまねく救ってくださるという阿弥陀様の大きな慈しみの願いを信じて念仏すれば、無限永遠の仏の命に照らされて、耳清らかにして何の苦悩もなく浄土にいたれるということ。

金子大栄は、人生というのものは、問いである、疑問を持つことである、問いかけることである、その問い掛けによって人生というものを発見するのだという独自の教学論を前提としながら、次のように述べる。

海辺の泡に一人一人の人間を喩えれば、小さな海辺の泡は、波のひとしずくにもたらず、無限の大海原に消えていく。しかし、その無限の大海原というものは、この波のひとしずくのうえに全部あらわれている。海全体の働きというものが、ひとしずくの波のうえに働いている。内から観ずればそこに無限の命が働いている。その大海原が阿弥陀如来であり、限られた人間の人生と、無限永遠の仏の命とは一体である。さらに、人間が他の動物とはちがい、手と言葉を持ち、死というものを意識できる有り難さというものを土台として、つねに目を自分の内側に向け、この我が身がそのまま浄土に生まれることを疑いなく信じたときにこそ、人間は死の畏れや、あらゆる不安、悲しみから解放される。(「人間について」より)