学びのこころ掲載作品

春日局
Kasuga no Tsubone

 春日局 1
 春日局 2

■上の画像をクリックしていただくと、別ウインドウが開きます。
その画像をもう一度クリックしていただくと拡大画面がご覧いただけます。

 春日局 3
 春日局 4
 春日局 4
作家名
春日局 かすがのつぼね
作品名
自筆消息
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 合箱 二重箱
本紙寸法41.6×27cm
全体寸法48×112cm
註釈

【翻刻案】

 (追て書)
 「たま御こし之儀可然申入候、」
一 こん三郎御のほせ候、公事工マせまいらせ候、
一 我等心もよく、文かきつかいましく候、
一 まめに文まいらせ候、うれしく申候、
一 しゆんしゆゐん被遺候、仍申上候、たまいたり可申候、
一 四郎右衛門かたへノ状、よふゝゝかきくたし申候、
 いつれもゝゝゝゝそくさい何より々ゝゝにて、
 かねも入不申候、いのち申乞々々
 心に何レハかけたく、ひろゝゝと
 めてたくよろこひ、めてまいらせ候、
 たれをたのミも入うさくよし

ワれか

 身ならてハ、まいらせ可給候、

めてたく

かしく

 たま可給候、共ニまいらせ可給候、

かしく

御こ殿まいる  かすか

【読み下し案】

たま御こ(越)しの儀、しかるべく申し入れ候。
一 こん(権)三郎御のぼ(登)せ候。公事工(くじたく)ませまいらせ候。
一 我等心もよく、文か(書)きつかいまじく候。
一 まめに文まいらせ候。うれし(嬉)く申し候。
一 しゆんしゆゐん(真珠院)遺わされ候。よって申し上げ候。たまいた(至)り申すべく候。
一 四郎右衛門かた(方)への状、よふよふか(書)きくだし申し候。いつれもいつれもそく さい(息災)何より何よりにて、かね(金)も入り申さず候。いのち(命)申し乞い申し乞い、心に何(いず)れはかけたく、ひろ(広)びろとめでた(目出度)くよろこ(喜)び、め(愛)でまいらせ候。たれ(誰)をたの(頼)みも入りうざくよし、われ(我)が身ならでは、まいらせ給うべく候。めでた(目出度)く、かしく。たま給ふべく候。共にまいらせ給うべく候。かしく。

御こ殿まいる      かすか

【文意案】

珠お送りの件、しかるべく申し入れる。
一 こん(権)三郎が(京都へ)お登りになり、公事(訴訟)の工作をなさることを承知した。
一 私は心地よいので、手紙を書き遣わさなくてもよろしい。
一 まめに手紙をくだされ、嬉しく思う。
一 しゅんじゅ院を遣わされた。よって申し上げる。珠を寄越しなさい。
一 四郎右衛門(板倉勝重)方への(依頼)状を、ようやく書いて下した。私の方はいずれも息災で何よりである。金も入らない。私は命の申し乞いを、心にいずれはかけたいと思っている。広々と目出度く、喜びを愛でられるように。誰を頼みにするのも鬱陶しい。私の身なので、お気遣いはいらない。目出度く、かしく。珠をくださるように。(公事進捗の様子?と)ともに寄越されるように。かしく。

御こ殿まいる      かすか

【註記】

・「たま」………………霊・玉・珠? 数珠の珠(宝石)でしょうか?
・「こん三郎」…………権三郎。大名の可能性があります。
あるいは春日局が生まれた稲葉家の縁戚かもしれません。
・「しゆんしゆゐん」…「しゅんじゅ」院、あるいは春秋院。書状では呼び捨てであり、春日にとって目下の女性であり、「御こ殿」を含めた三人は知己の間柄とみられます。真珠院(川崎六郎左衛門の娘。春日局によって家綱の乳母に抜擢された。大奥年寄「川崎」)は、時期的に院号で登場することが不自然であり要検討でしょう。後西天皇(一六三七〜八五)の妹に真珠院がいましたが、これも時期が違い要検討でしょう。
・「四郎右衛門」………呼び捨てであり、目下の扱いです。京都所司代の板倉勝重(一五四五〜一六二四)に比定されます。
同人は、慶長六年(一六〇一)頃、家光の乳母を募集して、福(のちの春日局)を抜擢したとの説があります。
・「御こ殿」……………御子殿・御小殿? 女性。
あるいは「こん」三郎の母ないし室でしょうか? 居所は江戸でしょうか?
・「かすか」……………春日。春日局(一五七九〜一六四三)に比定されます。文面からかなりの老齢にあることがわかります。書風からして、春日局晩年の寛永期の消息と思われます。

書風は寛永期の特徴がうかがえます。当時の祐筆による女房奉書の形式はふんでおらず、ストレートな書き出しは、「かすか」と御こ殿との親密な関係の反映と思われます。内容は、「こん三郎」とごく近い関係にある「御こ殿」が、「こん三郎」の訴訟含みの上洛を伝え、暗に京都所司代板倉への工作を「かすか」に依頼したものらしく、それに対する「かすか」の返書とみなします。翻刻・解釈ともに未熟であり、不明な点も多々ありますが、それは今後の課題です。昭和30年前後、東京国立博物館において展示されたらしく、その出品票が同封されています。また、近世初期政治史の研究者諸氏から真筆の評価をいただいております。春日局の祐筆による女房奉書ですら伝存数はわずかであり、市場に出ることはほとんどありません。この消息文はさらに加え、書風・形式・内容から、当代希有の春日局の自筆消息としてご案内申し上げます。