乃木希典 乃木静子
Nogi Maresuke,Nogi Shizuko

 乃木希典 乃木静子 1
 乃木希典 乃木静子 2
 乃木希典 乃木静子 3 乃木希典 乃木静子 4
 乃木希典 乃木静子 5 乃木希典 乃木静子 6
作家名
乃木希典 乃木静子のぎ まれすけ、のぎ しずこ
作品名
清風
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 象牙軸 相馬御風箱
本紙寸法48.1×35.6cm
全体寸法66.7×133cm
註釈

相馬御風
明治16年(1883)〜 昭和25年(1950)

新潟県西頸城郡糸魚川町大町(糸魚川市)に生まれる。本名、昌治。明治35年(1902)、早稲田大学英文科に入学。在学中、岩野泡鳴らと「東京純文社」を創設し、浪漫主義文芸の進展と詩歌の革新を呼びかけ、詩歌雑誌「白百合」を創刊する。早稲田大学卒業後は、片上天弦らと早稲田文学社に入り「早稲田文学」の編集を担当。また、三木露風、野口雨情らとともに「早稲田詩社」を結成し、「口語自由詩」を提唱した。大正5年(1916)、34歳のとき、「還元録」を書き文壇との決別を宣言、郷里に退隠し、良寛研究に没頭した。早稲田大学校歌「都の西北」、流行歌「カチューシャの唄」、童謡「春よこい」など多くの作詞をする。

杉聴雨
天保6年(1835)〜大正9年(1920)

山口藩士。子爵。名、重華。字、子華。号、聴雨。吉田松陰に学び、維新後は、宮内省御用掛、枢密顧問官を務める。

清風の書は、乃木希典、扇の絵は、妻静子。箱書きは、相馬御風で、「乃木将軍夫妻合作真筆 相馬御風謹題」とあり、紙中極め書きは、杉聴雨で、「乃木君夫妻来合作 辛亥十月聴雨居士 夫人印持参セズ」とある。また、箱裏に、「大正五年朝日新聞社編 乃木将軍芳墨所載 高橋光威君ヨリ到来」とある。高橋光威は、新潟の人。原敬、高橋是清の内閣書記官長を務める。 以上より、この作品は、乃木夫妻が殉死する約一年前、明治44年10月に、杉聴雨の元に乃木夫妻が訪ねた際に書かれたもので、相馬御風、高橋光威の手を経て、高橋光威の関係者に渡ったものであることが推察されます。尚、「大正五年朝日新聞社編 乃木将軍芳墨」に所載とあり、この「乃木将軍芳墨集」に所載されている可能性がありますが、その確認はとれていません。