良寛、有願
Ryoukan,Ugan

 良寛、有願 1
 良寛、有願 2
 良寛、有願 3
 良寛、有願 1
 良寛、有願 2
 良寛、有願 3 良寛、有願 3
作家名
良寛、有願 りょうかん、うがん
作品名
寒山拾得
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 安田靫彦箱
本紙寸法41.7×123.2p
全体寸法60.5×204.5p
註釈

【原文】
拾得手中箒
払顛塵埃
転払転生
寒山披持経
終年読不足
古兮今兮無人善買
所以天台山中
長為滞貨
畢竟作麼生
待当来下生慈氏判断

     釈良寛書
     于図有願居士画

【訓読】
拾得、手中の箒(ほうき)、
顛(いただき)の塵埃(じんあい)を払う。
転(うたた)払えど、転(うたた)生ず。
寒山、披(ひら)き持つ経。
終年(しゅうねん)読むに足らず。
古(いにしへ)も今も人の善く買うものなし。
所以(ゆえ)に天台山中に長く滞貨となる。
畢竟(ひっきょう)作麼生(そもさん)、
当来下生の慈氏の判断を待つ。

【語釈】
拾得―唐代の僧。天台山の近くに寒山とともに住み、奇行が多く、豊干に師事したと伝えられる。その詩は『寒山詩』に収録。普賢の化身とされ、画題ともなる。
塵埃―ちりやほこり。この場合は、衆生の煩悩の譬喩であろう。
寒山―上記参照。文殊の化身とされる。
終年―一年中。一生涯。ここでは後者の意であろう。
滞貨―売れ残りの品。通説では、箒と経典とするが、筆者は拾得と寒山と考える。
畢竟―つまるところ。所詮。結局。
作麼生―もと中国宋代の俗語。いかが?。いかに?。
慈氏―弥勒菩薩の異称。釈尊入滅後、五十六億七千万年の後、この世に下生して龍華三会の説法によって、釈尊の救いにもれた衆生を済度するという。

【訳文】
拾得は手にするほうきで、
心に去来する(煩悩の)塵や埃を払っているが、
払えば払うほど、ますます(煩悩は)生まれてくる。
寒山はときどき経をひらいているが、
一生涯、読み尽くすことはない。
むかしもいまも、(拾得や寒山を)高く評価する人はいなかった。
だから天台山中に長く留まっている。
結局のところ、彼らはいったい何だ?
未来の世に出現する弥勒菩薩のお考えを待とうか。

※寒山の詩に豊干と拾得の詩を合わせた『寒山詩集』から良寛は多大な影響を受けている。物にこだわらぬ寒山と拾得の二人を、良寛は高く評価した。(定本良寛全集より)

『定本良寛全集(中央公論新社)』によれば、遺墨には、羽後の画家三森九木の絵の賛と記されている。一方、『良寛墨蹟大観』には、この詩の遺墨は一点も所収されていない。有願の画に賛したこの作品は、類例の少ない、良寛の貴重な遺墨であると考えられます。