棟方志功
Munakata Shiko(Munakata Shikou)

 棟方志功 1
 棟方志功 2
 棟方志功4
作家名
棟方志功
むなかた しこう
作品名
心偈 魚ハ游ゲド水ニ跡ナキ
作品詳細
額装 木版 黄袋 段ボール差し箱 棟方志功鑑定委員会登録証
本紙寸法23×16.8
額寸法40×46p
註釈

《魚ハ游ゲド水ニ跡ナキ》

これも禅僧が好んで想い見た図想である。魚は水に游ぎ、鳥は空に飛ぶ。だが游ぐ魚も、飛ぶ鳥も、水に空に、その跡を残さぬ。一つの行いが、その行いで終わっているのである。さらりとして跡を留めぬ。人間の行いは、どうしてとかく跡をのみひくのか。いたずらに執着に身をも、心をも縛ってしまうからである。それを妄想の業だと指摘できよう。何故なら、執する凡てのものに、どれも自性がないからである。いたずらに幻を描いて、それを実として、身を苦しめているに過ぎない。だから行いは、前後截断(せつだん)でよい。無功徳でよい。酬(むく)いなど求めては、あたら影のみを追い、自分を縛るに他ならないではないか。

(柳宗悦『心偈』四十一)

以下、柳宗悦『心偈』跋文です。

(『心偈』は、昭和34年、69首を集め、それぞれに柳宗悦自身が註釈をつけて私家本とし刊行された。『心偈』は他に『近代日本思想体系二十四・柳宗悦集』(岩波書店)、『柳宗悦全集・第十八巻』、『南無阿弥陀仏付心偈』(岩波書店)に収められている。以下跋文は、『南無阿弥陀仏付心偈』(岩波書店)による。)

跋文
 日本には三十一字の短歌があるし、十七字の俳句があるが、私にはもっと煮つめた短いものが望ましく思えた。もとより詩には長さの制約はないのだが、長いものよりも、短くて含みのある方が、何か東洋的な心を伝えるのによい。実際そういう心の傾向が、日本で短歌を実らせ、更に俳句へと熟させたのだと思える。私が更に短いものを求めるに至ったのは、もともと品物の箱書きをたのまれたのが縁で、それを初めは物偈(ぶつげ、ものうた)と名附けた。それはやがて心偈(こころうた)でもあるべきなのだが、段々品物の箱書きとは別に、新たに自由に短い句を作って、自分の心境を述べるに至った。もっとも十七字をなすものが二三はあるし、多少の例外もあるが一番短いのが六、七字、多くは十字前後である。別に一定の長さは決めないし、七五調にも限られていない。それに必ずしも季節によってはいない。むしろ時間を越えた世界に心が惹かれた。今までこういう短句を書いた人があるかどうか知らぬが、私はこれを偈と呼び、また和風に小偈(さうた)とも呼ぶことにしている。今度右の偈を六十首ほど選んで、棟方が板絵にしてくれたのをしおに、自註をつけて上梓することになった。上梓するに際し、巻末にこの自注自解を添えたが、実は註など要らずもがなである。誠に蛇足でもあるので、もとより読者は己れなりに、自由に解して下さってよいのだが、句の意味を余り度々尋ねられるので、かくかくの気持ちを偈にしたのだとということを記することにしたのである。それに東洋的なものの考え方をせぬ近頃の人たちには、あるいは通じ難い点もあるかと思われ、幾許(いくばく)かの説明も何かの手助けになるかもしれぬ。自分としては、この集は、私の長い心の遍歴(宗教的真理への思索)の覚え書きだともいえる。
 だから同じような問題に想いあぐむ人々に、多少の示唆ともなれば有難い。もとよりここに盛られた想いは、幾許かの真理への私の領解(りょうげ)ではあっても、何も説法ではなく、むしろ自分を錬磨するための自省自戒のために、時折記し始めたのがその発端であった。
 私がここで比較的純な古語を多くとり入れたのは、なるべく個人の言葉を離れたいという意向によったのである。偈であるからには、誰にも共有の言葉でありたい。私の声などでない方がよい。それには伝統のある和語が、相応しいと思える。それに古語は一種の風韻をかもし出すので、詩の性格としては適当だと思われた。凡てに東洋的色彩が濃いのは東洋の心を輝かすことこそ、吾々の悦ばしい任務だと思われるからである。  終わりにいう。かつてこれらの心偈の一部は、自ら書いて、自ら装案して表具に仕立て、展観し、大勢の方々の志に委ねたが、各地に離散してしまったので、偈集としてここに一冊に纏めておくのもよいかと思へた。たまたま濱田の示唆もあって、棟方がこれらの偈の大部分を板絵にしてくれた。
 当時棟方は国際展等あって多忙を極めていたのであるが、早朝に起床して毎朝数種づつを刻んでくれたという。それが十種ほどになる毎に、奥さんが私の病床に届けてくれた。棟方の作としては、大変静かで、色も穏やかで有難い出来映えであった。原品は何れ数隻の小屏風に仕立てて民藝館に納める。その後更に十首程追加され、これを棟方板画集としても出版したい志を起こした。ただし長い病中とて、何事も私自身で為すことが出来ず、原稿の清書整理その他一切の事務を、例により浅川園絵さんの懇切な助けに委ねて、一冊に纏めることが出来、遂に上梓するを得たのである。製版はこれもいつもの如く西鳥羽泰治氏に、本文印刷は葛生勘一氏のお世話になった。又何かと、この出版について心を配ってくれた濱田庄司、棟方志功の二友にも厚い感謝を捧げたい。甲種の表紙は弁柄染めの葛布で外村吉之助君の往年の製作にかかる。乙種の方は雲州の布目紙、安倍栄四郎君の技。 因みに云う。収めた七十首程の偈は、別に一貫した順次はない。只内容によって「仏」と「茶」と「道」と「法」とに類別したに過ぎない。それ故読者は、どの頁を繰って下さってもよい。飽きたら閉じ、気が向いたら随所を開いて下さってよいのである。句は何れも極く短いから、さして読者の時間を障げることもないかと考える。

昭和三十四年春

     宗 悦

  病床にて

  柳カナ
  ユガミナガラニ
  5風ニマカセツ

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