D-340 江月宗玩
Kougetsu Soukan

 江月宗玩 4
江月宗玩 1
江月宗玩 1
 江月宗玩 2
江月宗玩 1
作家名
D-196 江月宗玩 こうげつ そうかん
作品名
黒田市正(高政)宛書状
価格
250,000円(税込)
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 紫野誡堂箱
本紙寸法55×33
全体寸法59.3(胴幅)×120.5㎝
作家略歴

江月宗玩
天正2年(1574)~寛永(1643)

和泉堺に生まれる。父は、織田信長、豊臣秀吉に茶頭として仕えた津田宗及。幼名、道丸のち春松。安名、宗丸。号、慒袋子、赫々子など。天正16年(1588)、春屋宗園のもとで得度。剃髪して宗玩を名乗る。文禄4年(1595)、石田三成が近江佐和山に創建した瑞岩寺の開山に招請される。慶長15年(1610)、大徳寺に出世、春屋の法を嗣ぎ、第156世住持となる。また、黒田長政の創建した大徳寺塔頭龍光院に春屋の後を継ぎ開祖に招かれる。筑前崇福寺、筑前興徳寺の三庵を再興、また大徳寺内に六庵を開き、そのほか筑前直方の雲心寺、博多の即宗庵、肥前平戸の小川庵を開き、肥前秋月の古心寺、山城大原の四庵など勧請され開祖を務める。また、茶の湯を父の津田宗及、小堀遠州に学び、当代一流の茶人としても知らる。石田三成、豊臣秀吉、秀次父子の寵愛を受け、紫衣事件では江月のみ赦免された。

 

コンディション他

【翻刻文】
手前御暇之儀立聞候へとも、
何共御沙汰無之迷惑ニ候、
先日は、文ニて終日申
承忝候、其後諸白大
一樽被賜下候、一両日中
自然爰元へ可被成御立
出候哉、面上ニて可申候、以
一巻不申上候、時分柄別て
忝候、将又(黒田)了清事右衛門佐(光之)殿え
具ニ申、先早々ミせ候へと御申
御口引も能候間、先被罷上候ても
可然候ハんかと存候、委儀ハ面上之
剋可申上候、右之様子了清所へも、
甲州(長興)へも申入候、恐惶不備、
 七月十七日    江(花押)

          竜光院

黒田市正(高政)殿 玉机下 江

【読み下し文】
(追伸)手前御暇(いとま)の儀立ち聞こえ候へども、何とも御沙汰これなく迷惑に候。 先日は、文にて終日申し承り忝(かたじけ)なく候。その後、諸白(もろはく)大一樽賜いくだされ候。一両日中自然爰元(ここもと)へ御立出ならるべく候や、面上にて申すべく候。一巻をもって申し上げず候。時分柄別て忝なく候。将又(はたまた)(黒田)了清こと右衛門佐(光之)殿へ具(つぶさ)に申し、先ず早々み(見)せ候へと御申す御口引きも能(よ)く候あいだ、先ず罷り上られ候てもしかるべく候はんかと存じ候。委しき儀は面上の剋(きざみ)申し上ぐべく候。右の様子了清所へも、甲州(長興)へも申し入れ候。恐惶不備。
 七月十七日    江(花押)

【文 意】
(追伸)私が御暇(いとま)になることを立ち聞きしたが、何も御沙汰がなく迷惑である。 (本文)先日は、文章をもって終日ご指導いただき忝(かたじけ)ない。その後、諸白(もろはく 酒)大一樽を頂戴し(、たしかに受領し)た。一両日中に、(あなたは)もしや当方へ向け御立出なされるのでしょうか、面会の上で申したい。(文章)一巻をもっては申し上げない。時分柄、とりわけ忝ない。また(黒田)了清こと右衛門佐(光之)殿へ具体的に申し、先ず早々見せよとの御言葉で御感触もよいので、先ずまかり上られても宜しいと存ずる。くわしきことは面会のみぎりに申し上げた。右の様子を了清へも、甲州(長興)へも申し入れた。恐惶不備。
 七月十七日    江(花押)

本紙、ウブなり、良い掛け物です。

 

ご購入前にこちらをご一読ください。

この作品の購入お申込み

作品紹介

Web
書画ミュージアム

長良川画廊
アーカイブス

過去の掲載作品より随時拡張中

このページのTOPへ