細川忠利
Hosokawa Tadatoshi

 細川忠利 1
 細川忠利 2
 細川忠利 3
 細川忠利 4
作家名
細川忠利 ほそかわ ただとし
作品名
書状
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 合箱
『影印 日本の書流』(渡部清著・柏書房)所載
本紙寸法52.3×34.7
全体寸法66.3(胴幅)×127.5p
註釈

【翻刻文】
 以上
為見廻使を
給、かるめる一箱
まん足申候。
内ハきゝ申候とて
何とも覚不申候。
六にハ丁乙迄
見へ申候。かくて
かへりて可申候。
六かたへも、満足の
よし申候。殊ニ
おくより六かたへ
いろいろ
満足かり申候よし
御申出□□候。
恐々謹言。
  八月七日 越中 忠利(花押)
  □□御返事

【読み下し文】
 以上
見廻として使を
給い、かるめる一箱
まん足申し候。
内ハきゝ申し候とて
何とも覚え申さず候。
六にハ丁乙迄
見へ申候。かくて
かへりて申すべく候。
六かたへも、満足の
よし申し候。殊ニ
おくより六かたへ
いろいろ
満足がり申候よし
御申出□□候。
恐々謹言。
  八月七日 越中 忠利(花押)
  □□御返事

【現代語訳】
お見舞いとして使者を
つかわされ、かるめる一箱をいただき
満足でございます。
家内は聞きましたかどうか
何ともわかりません。
六(光尚)は丁乙の日までに
やってくるでしょう。そうしたら
申し述べておきます。
六(光尚)のほうへも、満足した
ことを申しておきます。特に
家内より六のほうへ
いろいろと
満足であることを申しているよしを
おっしゃってください。
恐々謹言。
八月七日 越中 忠利(花押)
□□御返事

文中「六」とあるのは、忠利の子光尚の幼名で、光尚は寛永12年(1635)、7月に元服して光利を名乗り、従四位下に叙せられ肥後守となっているから、この書状はそれ以前のものであろう。