沢庵宗彭
Takuan Souhou

 沢庵宗彭 1
 沢庵宗彭 2
 沢庵宗彭 3
作家名
沢庵宗彭 たくあん そうほう
作品名
書状
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 緞子裂 合箱
本紙寸法55.3×32.7
全体寸法57.8(胴幅)×116.2p
註釈

【翻刻文】
  尚昨日者及深更、御誹諧
  数句出来申候。忘却候。帰興
  御体候。期参謁候。
昨日之御礼可申上之
処、臨緊申入候義、無
礼之用様ニ候間、明日にも
と存候間に、御報罷成候。
殊洛陽名物被下候。賞
翫無他候。参上之節、
万々可申上候。恐々謹言。
 十一月七日     宗彭(花押)

          雲龍院
(封)大守尊下 貴報 宗彭

【読み下し文】
  尚昨日は深更に及び、御誹諧
  数句出来申し候。忘却候。帰興
  御体候。参謁を期し候。
昨日の御礼申上ぐべくの
処、臨緊申し入れ候義、無
礼の用様ニ候ふ間、明日にも
と存じ候ふ間に、御報罷り成り候。
殊に洛陽の名物を下だされ候。賞
翫他無く候。参上の節、
万々申し上ぐべく候。恐々謹言。
 十一月七日     宗彭(花押)

          雲龍院
(封)大守尊下 貴報 宗彭

【現代語訳】
  なを昨日は深更に及びまして、誹諧が
  数句できましたが、忘れてしまいました。
  故郷に帰る喜びを詠んだものです。
  お目にかかりましたおりに申し上げます。
昨日の御礼を申し上げねばならない
処、緊急の用事がございまして、失
礼いたしておりまして、明日にも
申し上げようと存じておりましたところ、
お手紙を頂戴いたしました。
特に京都の名物をくださいまして、賞
翫いたしております。参上しましたおりに、
万々申し上げたく存じます。。恐々謹言。
 十一月七日     宗彭(花押)

          雲龍院
(封)大守尊下 貴報 宗彭

沢庵宗彭が品川東海寺の開山に請ぜられたのは寛永16年(1639)のことである。署名の「雲龍院」は東海寺の塔頭であるから、この書状は寛永16年以降、沢庵晩年の書状であろう。宛所の「太守」とは、沢庵が終生交際した出石藩主小出吉英(1587~1666)ではないか。