田中一村
Tanaka Isson

田中一村1
田中一村2
田中一村3
作家名
田中一村
たなか いっそん
作品名
鶏頭
作品詳細
額装 色紙淡彩 黄袋、段ボール差し箱入
作品寸法23.5×26.5p
全体寸法46.5×49.3p
註釈

私は、田中一村のこの「鶏頭」の作品を入手してから、南日本新聞社記者、中野惇夫氏によって書かれた「アダンの画帖 田中一村伝」を読みました。私事ですが、18か19歳の頃(昭和55年頃)、私は油絵を勉強していましたので、田中一村と交流があり、この「アダンの画帖 田中一村伝」のなかでも紹介されている奄美出身の洋画家で岐阜に在住していた徳永善伸さんに絵の批評をしてもらったことがあります。田中一村という画家の名は、その徳永善伸さんから聞いていました。それ以来、田中一村という画家の名は、NHKで放映されたこととも重なって、ある特異な画家の印象となってわたしの記憶に留まっていましたが、今回、あらためて田中一村という一人の画家に接し、そのあまりに痛々しく、悲しい生涯に、こころを打たれると同時に、やりきれない思いを強く抱きました。画家の価値、その表現の質を、その画家の人間性であるとか、思想であるとか、生い立ちであるとかということと混同してしまうことは、評価の本質から外れることになるのかもしれません。しかし、わたしは、田中一村という画家は、戦後日本の数少ない「真の画家」であるということを全く疑いません。現代の美術は、画家自身も、その評価の基準も、画家はなぜ画家であるのか、画家はなぜかくのか、画家は何のためにかくのかといった表現の意味、あるいは画家の人間性からあまりに無関心になってしまったように思います。わたしは、この「アダンの画帖 田中一村伝」を、今の若い画家はもちろん、一般の人も是非読んでいただきたいと思いました。

この「鶏頭」の絵、いつ頃かかれたのかと興味を持ちますが、奄美の一村美術館に問い合わせても定かではありません。「米邨」落款ですから、昭和22年、39歳以前の作品であると思いますが、南画風でなく、その寂しく、荒んだような絵の印象は、進むべき道を後援者に示し、後援者と絶縁することになる、昭和6年、23歳以降の作品ではないかと勝手な想像をしてみました。色紙ですから、最初掛け軸に仕立てようかと思いましたが、わたしの自宅はアパートで白い壁しかないので、取り敢えず手をかけずデッサン縁に入れました。