呉春 Goshun

宝暦2年(1752)〜文化8年(1811)

京都の金座役人の長男として生まれる。本姓、松村。名、豊昌。字、裕甫、のち伯望。号、月溪、可転、允白、存允白、孫石、蕉雨亭など。家業を継ぎ、その傍ら、大西酔月に画を、与謝蕪村に俳諧と画を学ぶ。始めは松村月溪を名乗るが、天明元年(1781)、摂津池田に移り、池田の古名「呉服(くれは)の里」にちなみ、「呉春」に改める。天明3年(1783)、蕪村没後は、京都四条に移り、円山応挙との交流を深め、写実的な作風を展開させる。応挙没後は、京都画壇の中心として活躍し、異母弟松村景文をはじめ多くの弟子を育て、その一派を四条派と呼ぶ。

呉春 俳句 落かゝる
俳句 落かゝる

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