小林一三(逸翁) Kobayashi Ichizou (Itsuou)

明治6年(1873)〜昭和32年(1957)

山梨県巨摩郡河原部村(現在の韮崎市)の商家に生まれる。号、逸翁。 明治25年(1892)、慶應義塾大学卒業。在学中、山梨日日新聞に小説『練絲痕』を連載。明治26年(1893)、上毛新聞に小説『お花団子』を連載。同年、三井銀行(三井住友銀行の前身)に入行。明治40年(1907)、三井銀行を退職、箕面有馬電気軌道株式会社創立の追加発起人となる。昭和2年(1927)、阪神急行電鉄社長に就任。沿線の宅地開発、宝塚少女歌劇団の創設、大阪梅田のターミナルデパート開業、東京宝塚劇場や東宝映画を創立など事業を次々に成功させ、私鉄経営の模範となる。昭和15年(1940)、第2次近衛内閣で商工大臣に就任。昭和20年(1945)、幣原内閣の国務大臣兼戦災復興院総裁に就任。戦後は公職追放となるが、解除後、昭和26年(1951)、東宝社長に就任。昭和31年(1956)、池田市名誉市民に推挙される。  数寄者、茶人としても知られ、『新茶道』を著し、一部の特権階級のための茶道ではなく、一般の人々の日常の茶の湯「大乗茶道」を提唱、新しい時代の茶道の在り方を提案した。

小林一三(逸翁) 和光
和光

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