林述斎 Hayashi Jussai

明和5年(1768)〜天保12年(1841)

美濃岩村藩主松平乗薀(まつだいらのりもり)の3男に生まれる。名、初め乗衡(のりひら)、後に衡(たいら)。号、述斎、蕉軒、蕉隠、天瀑など。晩年は大内記と称した。寛政5年(1793)、林信敬の養子となって林家を継ぎ、林家の私学であった聖堂学問所を幕府直轄の昌平坂学問所(昌平黌)に改組、その学長にあたる大学頭を務めた。門弟に佐藤一斎や松崎慊堂など。儒学者。

林述斎が編纂した『佚存叢書(そうしょ)』(既に中国で佚亡し、日本に伝存する漢籍十七種八十六巻を集め、寛政11年(1799)から文化7年(1810)にかけて刊行されたもの)は清朝でも刊行された。他に「寛政重修諸家譜」「徳川実紀」「朝野旧聞?藁(ちょうやきゅうもんほうこう)」「新編武蔵風土記稿」の編纂に尽力。林家中興の祖といわれる。

林述斎 雪景山水図及び題詩書 双幅
雪景山水図及び題詩書 双幅

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