霊源慧桃 Reigen Etou

享保6年(1721)〜天明5年(1785)

俗姓、小島氏。9歳のとき、郷里丹後の全性寺光岳に投じて出家。丹後観音寺の黙堂陸、美濃東光寺の大道文可に参じ、松蔭寺白隠慧鶴の印可を受ける。安永年間、天龍寺鹿王院にあって雲衲を大いに接化。鎌倉円覚寺、京都臨川寺を歴住。出雲永徳寺に葦津慧隆に相見し鉗鎚を受けるが、深く省吾し、以降、葦津とは終生盟友となる。白隠下四天王の一人に数えられる。

霊源慧桃、葦津慧隆 臨済禅師図
臨済禅師図

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