伝山上宗二 Yamanoue Souji

天文13年(1544)〜天正18年(1590)

和泉堺の商人。屋号、薩摩屋。号、瓢庵。山上町に住していたことから山上を姓とした。早くから利休に茶の湯を学ぶ。天正元年(1573)、京都妙覚寺の茶会に招かれたことを契機に織田信長の知遇を得て、信長の側近であった明智光秀や細川藤孝とも茶の湯を交え、後、利休の推挙で秀吉の茶頭の一人となる。天正11年(1583)、秀吉に追放され、前田利家、小田原の北条氏に仕えるが、天正18年(1590)、秀吉による小田原攻めが始まると、皆川広照らと小田原城に籠城するが、後、投降した。『長闇堂記』によると、茶会の席で「秀吉公にさへ、御耳にあたる事申し」たため、秀吉の命により鼻と耳をそがれ惨殺されたという。茶の湯秘伝書『山上宗二記』記す。

伝山上宗二 書状
書状

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