河野鉄兜 Kouno Tettou

文政八年(1825)〜慶応三年(1867)

播磨国網干垣内村(兵庫県姫路市網干)に医師三省の第3子として生まれる。名、維羆。字、夢吉。通称、絢夫。別号、秀野。初め丸亀藩儒吉田鶴仙に、のち梁川星巌に学ぶ。幼少より儒学、国学、漢詩、和歌に秀で、15歳のときに一夜にして詩100篇を作って神童と呼ばれた。弘化2年、21才のとき、揖保郡伊津村で医業を開く。嘉永4年、林田藩9代藩主建部政和の招きにより藩校敬業館の教授を務める。医者、儒学者。

河野鉄兜 芳野三絶(芳野懐古)
芳野三絶(芳野懐古)
中林竹渓、河野鉄兜 野懐古 桜図
野懐古 桜図
河野鉄兜 芳野三絶(芳野懐古)
芳野三絶(芳野懐古)

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