伊達政宗 Date Masamune

永禄10年(1567)〜寛永13年(1636)

伊達氏第16代当主伊達輝宗の長男として出羽国米沢城に生まれる。母は最上義守の娘義姫(最上義光の妹)。幼名、梵天丸。幼少のころ右眼を失明、「独眼竜」とも称された。11歳で元服、伊達藤次郎政宗と名乗る。天正12年(1584)18歳で家督相続。翌年父輝宗が二本松城主畠山義継に殺されると、二本松城を攻め落とす。その後、奥羽(東北地方)の大半を支配したが、豊臣秀吉の小田原征伐に遅参。結果、会津と仙道南部を没収され、黒川城から米沢城に移る。慶長5年(1600)、関が原の戦いでは、家康方東軍について上杉攻撃にあたり、その功績により、仙台藩は所領62万石となる。

伊達政宗 書状
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伊達政宗 書状
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伊達政宗 書状
書状
伊達政宗 岩井丹波守宛自筆書状(青木文書)
岩井丹波守宛自筆書状(青木文書)

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