岐阜 郷土の先人遺墨展目録 2

平成20年2月9日(土)〜2月15日(金)
総作品数193点中  21〜401 2 3 4 5 6 7 8 9 10

21.喜田華堂 牡丹図 合箱

喜田華堂 牡丹図

紙本淡彩30.7×95.8

22.喜田華堂 宝珠図 村瀬太乙賛 合箱

喜田華堂 宝珠図 村瀬太乙賛

紙本水墨26.7×97.5

◆喜田華堂・1802〜1897 不破郡今須(関ヶ原町)に生まれる。京都に出て、岸駒、岸良に学ぶ。岸派の画家として認められる。後年、 名古屋にあって、尾張藩の御用絵師を勤める。明治12年に没。

23.小原鉄心 墨梅と詩書 双幅 合箱

小原鉄心 墨梅と詩書

紙本水墨12.4×145.2

24.小原鉄心 詩書 合箱

小原鉄心 詩書

絹本水墨23.2×61

25.小原鉄心 詩書 合箱

小原鉄心 詩書

紙本水墨35.5×134

 ◆小原鉄心・1817〜1872 大垣に生まれる。大垣藩の重臣。藩政の改革。大垣藩を尊皇に導く。志士の筆跡として著名。明治5年に没。

26.谷木因 書簡 合箱

谷木因 書簡

紙本水墨35×14.5

◆谷木因・1646〜1725 大垣に生まれる。初め北村季吟門で松永貞徳の俳諧を学ぶ。2歳年上の同門兄弟子にあたる芭蕉と親しくす  る。大垣の武士、町人の他、赤坂(大垣市)、鳴海(名古屋市)などにも門下を持ち、大垣蕉風の発展に寄与した。享保10年に没。

27.広瀬惟然 短冊「みしか夜や〜」 合箱

広瀬惟然 短冊「みしか夜や〜」

紙本水墨5.8×36

◆広瀬惟然・1648〜1711 武儀郡関村(関市)に生まれる。少年の頃名古屋の富豪の養子となるが、家業傾き妻子を捨て関に隠遁。 40歳で芭蕉に入門する。芭蕉没後、芭蕉の遺句と念仏を「古池やかはず飛びこむみずの音、なんもうだ」のように、踊りなが誦して各地 を行脚した。正徳元年に没。

28.仙石廬元坊 画賛「何として〜」 合箱

仙石廬元坊 画賛「何として〜」

紙本水墨17.5×126.8

◆仙石廬元坊・1688〜1747 美濃国本巣郡北方(北方町)に生まれる。24歳の頃各務支考に入門。享保12年から13年にかけて三 越、加賀の旅に出て「桃の首途」成る。同15年3月、近畿から九州にかけて旅に出る。主な編書に「文星観」「其日歌仙」「花供養」「三つ物 拾遺」など。俳号に、里紅、茶話窟、茶話仙など。美濃派3世。延享4年に没。

29.安田以哉坊 懐紙「寝入る〜」 紙本水墨

安田以哉坊 懐紙「寝入る〜」

紙本水墨30.5×24.5

◆安田以哉坊・1715〜1780 美濃方県郡黒野(岐阜市)に生まれる。美濃派5世を継ぎ以哉派を創始した。各地を旅し、多くの俳人と 交流した。俳号に二狂、雪炊庵、無事窟、玉茶坊、飛鳥仙、只眠舎など。著書に「奥羽行」「百里鶯」。安永9年に没。

30.田中五竹坊 二見形文台 五条式 合箱

田中五竹坊 二見形文台

田中五竹坊 二見形文台

31.田中五竹坊 俳句一行 合箱

田中五竹坊 俳句一行

紙本水墨14.5×116.5

32.田中五竹坊 懐紙「涼しさを〜」 紙箱

田中五竹坊  懐紙「涼しさを〜」

紙本水墨33.5×26.7

◆田中五竹坊・1700〜1780 美濃国本巣郡北方(北方町)に生まれる。各務支考、仙石廬元坊に俳諧を学ぶ。美濃派第3世。次の道統を安田以哉坊に譲るが、後に両者の間に論争が起こり、以降美濃派は以哉派と五竹坊の門人河村再和坊に発する再和派(北方派)に分裂する。主な著書に「入梅の後」「七めぐり」「十二夜話」「帰童仙句評」など。俳号に五筑、琴左、帰童仙など。安永9年に没。

33.大谷文寿坊 懐紙 合箱

大谷文寿坊 懐紙

紙本水墨33.7×24

◆大谷文寿坊・1798〜1880 美濃大垣の人。俳号に、竹旭廬、百柳舎、其兆など。著書に「飛ぶ蝶」「玉椿」「道の恵方」。明治3年、 越前行脚。美濃派以哉派16世。明治13年に没。

34.青木奚花坊 一行「こころには〜」 紙箱

青木奚花坊 一行「こころには〜」

紙本水墨29×100.3

◆青木奚花坊・1771〜1858 本巣郡曽井村に生まれる。天保14年、支考墳墓の傍に連塔発句塚を建立。同年、九州行脚。俳号、風二、 自然斎、貫汀夫、寿石など。著書に「つたふ梅集」「世々花集」「筑紫わたり」。美濃派以哉派第十一世。安政5年に没。

35.山本友左坊 一行「影も匂ふ〜」 合箱

山本友左坊 一行「影も匂ふ〜」

紙本水墨21.1×85.5

36.山本友左坊 句切「古池や〜」 合箱

山本友左坊 句切「古池や〜」

紙本水墨13.6×59.6

◆山本友左坊・美濃本巣郡美江寺(北方町)に生まれる。俳号に梅州、卓路、雪香園、百茎園など。著書「おひのたび」。美濃派以哉派9世。 弘化3年に没。

37.佐々木森々庵 三ちょう図 合箱

佐々木森々庵 三ちょう図

紙本水墨39.7×121.5

◆佐々木森々庵・1733〜1798 備前岡山の人。号、松吾、松後、帰空坊、道阿弥など。北方西運寺内に草庵を営む。美濃派再和派6世。 寛政10年に没。

38.山田三秋 朱竹画賛 紙箱

山田三秋 朱竹画賛

紙本水墨31.7×137

◆山田三秋・1875〜1940 美濃本巣郡西郷に生まれる。武儀郡東武芸村谷口(武芸川町)の山田家の養子となる。長屋其馨に俳諧を、 佐々木信綱に和歌を学ぶ。俳号に反古庵、耕月仙など。著書に「獅子門俳人名鑑」「花の雨」。昭和15年に没。

39.大江良起 山田三秋賛 俳趣
双幅 共箱(三秋箱)

大江良起 山田三秋賛

紙本水墨30×101.3

◆大江良起・明治7年(1874)〜? 京都に生まれる。幸野楳嶺に学ぶ。

40.高味石田 画・光逸 三ちょう図 紙箱

高味石田

紙本水墨29×118

◆高味石田・1867〜1939 羽島郡下中島村石田(羽島市石田)の人。俳号に一味庵、養老仙、慶哉など。書画、篆刻、弓道、舞踊等にも秀でる。全国に門人、分社を多数擁した。主な編著に「佐久良の曠」など。美濃派再和派第十九世。昭和14年に没。
ら行
わ行